藤花幻:25 再会

シャノン・アルスター幻想

25 再会

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   第七章 出会いの迷路

 25 再会

 煉瓦造りの街並みを抜け、リールへ向かう街道を歩く。長く続いた先の戦乱で人口は減少し、そこ此処に持ち主のいない土地が生まれた。そこに鳥や獣の運んだ種が人の目を盗んで芽吹き、瞬く間に茂みとなり、藪となり、何時しか林となる。王権の失墜は所有権を曖昧にし、良くも悪しくも人の営みを活性化させた。主の消えた荒地には耕地を求めて人々が集まり、そしてこの春もまた麦を蒔こうというのであろうか、藪を焼く煙が棚引くのが見えた。
 道は幾重にも分岐していた。街道とは言っても荒廃と復興が無秩序に作り上げた通い路に過ぎない。本道かと思って一番広い道を辿るが、行き止まりや回り道、分かれてはまた戻りと、時の都合や気紛れで伸びるそれはまるで迷路だ。レーラは不慣れな道に悪戦苦闘しながら、小さな島森に差し掛かり、ふと立ち止る。見ればそこだけ雑草が行儀良く横たわっていた。真ん中には外套に身を包んで眠っている姿が二つ。所々焦げ跡や煤けがあるが、覗き込んでみれば見知った顔。少しやつれては見えるがエスターとソフィエーリアではないか。
「何故またこんな所に?」
 レーラが手近な細枝を折ってエスターの頭をつつくと、彼の左手が鬱陶しげにそれを掃う。豪華な金の長髪がはらりと日の光に輝いた。
「まあ、生きてはいる様ね。」
 レーラは草の上に腰を下ろし、もう一度つつく。エスターは漫然と半身を起こすと、しばし呆然としてレーラを見た。と思いきや、
「うわっ。」
 驚いて小さく声を上げた。
「野宿しなければならない様な場所とも思えないけど、こんな所でどうしたの?」
「え?、え?」
 戸惑うエスター。その気配に気付き、ソフィエーリアが薄目を開ける。そしてそこにレーラの姿を見つけて慌てて起き上がった。
「はしたない姿をお見せしました。」
「寝顔、可愛かったわよ。」
 レーラが茶化すと、
「お人の悪い・・・。」
 ソフィエーリアは少しはにかんで視線を逸らした。
「それにしても、こんな所でどうしたの?」
「色々と・・・。」
 ソフィエーリアはばつが悪そうに口を濁す。
「時に、此処は一体どの辺りなのでしょう?」
 ソフィエーリアの反す問いにレーラは眉を顰めた。そして口元に拳を造り、辺りに視線を飛ばしてみる。
「此処は?と言われてもねぇ、カービス近くの脇街道だけど。」
 一瞬の時間を置いて、
「また随分と飛ばされましたこと・・・。」
 ソフィエーリアは溜息を吐いた。
「え?、え?」
 全くもって状況が把握出来ていないエスター。それを見遣ってレーラは心配そうな顔になる。
「お宅の旦那、大丈夫?」
「ええ、まあ・・・。」
「何があったのか判らないけど、荷物も粗方失くしましたって態だし。」
 レーラは二人の周りを見遣る。得物の剣以外荷物らしい荷物も無い。ほぼ着の身着の儘だ。
「それは、訳がありまして・・・。」
 ソフィエーリアは赤面しっぱなしだ。
「町で揃えた方が良さそうね。」
 レーラはクスッと笑って指で二人を手繰る。
「生憎、今は持ち合わせがありません。」
「立て替えとくわよ。」
「そこでして頂いては・・・。」
「その程度の借りを作って動じるもんじゃないでしょう。借りられる時は素直に借りとくものよ。」
「すみません、感謝します。」
 ソフィエーリアは立ち上がり、心許無げに辺りを見回した。
「少々時期が遅いのですが。」
 そうして手を翳し風を誘う。すると四方から代わる代わる微風が流れ、綿の様な物を運んで来た。
「雪兎の毛?」
 レーラは純白の毛を手に取り、驚いた。換毛の季節、シャノン・アルスターの原野を行けば決して珍しい物ではないが、あちこちに脱ぎ捨てられた冬毛を商品価値の付く量まで集めるとなれば容易な事ではない。しかも大抵はごみを抱いている上に、風雨に晒されて品質の落ちた物が相当に混じってしまう。ところが、此処に在るのはごみ一つ混じらない上質の、今当に抜け落ちたばかりと言って良い冬毛ばかりだ。それが瞬く間に背丈程に積み上がる。
「取り急ぎ集めたので品は保証出来ませんが、せめて足しにでもなれば。」
 雪兎の毛を前にソフィエーリアは遠慮がちに言うが、
『成程、食べるも着るも困らない訳だわ。』
 レーラは感心して口笛を鳴らした。

 カービスの港から大通りを街中へ。煉瓦造りの倉庫や船主達の屋敷が並ぶ一角を過ぎると広場に出る。それを取り囲む様に店が軒を並べ、人々は豊かな物資を求めて往来する。そんな風景をルディーナは店の中から眺めていた。襟から手を挿し込めば、魔法で癒された肩に痛みは無い。ほんの二週間程前に深手を受けた事が嘘の様だが、指先に感じる跡はあれが事実だと告げていた。ルディーナの口元に微かに険が走る。彼女は気を紛らわせる為にワインボトルを手に取るとグラスに注ぐ。隣のグラスにも注ごうとして、しかしそれがまだ減っていない事に気づいた。
「あら、珍しい。」
 ルディーナはグラスの主に目を向ける。だが、そのキャシーはと言えば何を思案しているのだか、腕組みして首を傾げては時折小さく唸っている。
「何がそんなに気になるの?」
「んー、川賊のアジトにいた魔法使い、今となっては確かめ様も無いんだけど、チラッと見えたあの顔、何処かで見た事が有る様な気がするのよ。」
「今更?」
「でも気に掛るじゃない。なんか、こう、此処まで出掛かってる様な無い様な。」
 キャシーは喉に指を当て尚も記憶を探るが、
「そう言うのは下手に追い掛けると逃げるわよ。」
 ルディーナはまともに取り合わない。それどころか
「今朝はキャシー向きの話が転がってるわ。山火事の噂話、拾って来てもらえる?」
 あっさりといなされてキャシー剥れ顔。とは言え、言が単なる興味本位では無い事を知っているから渋々席を立つ。ルディーナは口元にグラスを傾けて後姿を見送った。だがふと、背中の席に人の座る気配を感じてテーブルにグラスを置いた。
「ご連絡を頂き、驚きました。」
 後ろから男の少しくぐもった声がした。慣れない者には聞き取れないであろう特殊な声だ。ルディーナは振り向く事無く、
「早いな。」
 呟く様に言った。低く抑えた声は賑わいに紛れ響かない。しかし後ろの男には聞こえているだろう。
「ルイセン卿の手の者ではないな。」
「何故そうと?」
「ルイセン卿なら何よりまず殿下に迎えを遣す筈。その冷や冷やするばかりの放任志向、ティレシアス卿か?」
「ご明察。」
 男の声が微かに笑いを帯びる。ルディーナは溜息を吐いた。
「となると、他への連絡も押えられた様だな。」
「さあ、そこまでは存じませんが。」
「で、何と?」
「フリードリヒ・ダウィンがリールの実力者と接触している様です。」
「ほう。」
 ルディーナは微かに顔を上げる。
「高原からの桟道は破壊しつくされている筈。ニーダー・ティクトのベネティクト家は曲がりなりにもアイセル王の側に立つ身。軍勢の往来は許すまいし、前線はもっと先の筈。潜り抜けられる程度の少人数の遣り取りなら気にする程の事もなかろう。」
「それが、どうも抜け道がある様子。」
「抜け道?」
 ルディーナはテーブルの上で指をトントンと鳴らす。少し記憶を探った後、
『あれか?』
 内心呟いた。
「見当が付きますか。」
「確証は無いがな。」
「断てますかな?」
「簡単に言うな、こちらは徒手空拳なのだぞ。」
 ルディーナは再びグラスを手に取り、残ったワインを飲み干した。
「それより私が指示を請うたのは殿下についての筈だが。」
「確保せよと。」
「他は?」
「何も。」
 ルディーナの目が据わる。
「・・・押し付けられたか。」
「ご愁傷様で。」
 ルディーナの嘆息に男は再び笑いを堪えた声になった。
「卿からはそれだけか?」
「あと手紙を。」
「手紙?」
 つまりそこから先を男は何も知らされていないのだろう。小さな袋と封筒を腰の下で受け取る。蝋で封印されたそれに開けられた形跡は無い。
「ではこれで。」
「次は?」
「アイセルの町にて。」
「指図に従えば私はエルンに向かう事になると思うが。逆だな。」
「さて、私は命じられた儘に事をなすだけの身です故。」
 声は途切れ、背中の男の『気配』が消えた。ルディーナは空のグラスにボトルのワインを注ぐと、給仕にお替りを注文する。風采の上がらぬ男が勘定を済ませて出て行く。それを横目に封筒を開けた。一見無用心だが、見る者が見なければどうせ意味など判らぬ文節の羅列だ。彼女が文字を追うや、端整な眉目の片方が微かに上がった。
「・・・どうやら、知らぬ間にとんだ拾い物をしていた様だな。」
 ルディーナは人差し指の背を噛む。しかし店の入り口に見知った姿を見つけて、手紙を懐に仕舞い込んだ。店のざわめきが戻る。
「酒なんか入れて体に触らねぇか?」
 キリーだった。彼はワイングラスを傾けるルディーナを気遣う様に見遣る。
「イレイアのお陰で傷自体は端から塞がってるのよ。二週間(※1)も過せば十分過ぎる位ね。」
「なら良いがな。」
 キリーはルディーナの前の椅子に座ると給仕の娘を呼び留め、エールと食事を注文した。
「それより、お尋ね者のあなたがこんな所で堂々としてるってのはどうなのよ。」
「まだ尋ねられちゃいねーよ。」
「でも、そうなる前に消えとかないと色々と面倒なんじゃないの?」
「猶予は三月だ。そう慌てる事もあんめぇ。」
 キリーは頭を搔く。
「って、何処から仕入れたんだ、その話。」
 が、ふと気が付いて身を乗り出す。
「壁に耳ありって言うじゃない。」
「油断も隙もあったもんじゃねぇ。」
 キリーは早速運ばれてきたジョッキを呷った。
「どう?稼いでみる気は無いかしら?」
「清楚な顔で随分胡散臭い言い方をする女だな。」
 キリーの言葉にルディーナは目を丸くするが、直ぐに破顔した。キリーはそんなルディーナをジョッキの脇から見遣る。
「ま、額次第だ。」
 彼はエールをあらまし飲み干してジョッキを置いた。
「これでどう?」
 ルディーナはさっき受け取ったばかりの布の袋をその儘キリーに手渡す。キリーは訝しげにずしりと重いそれを覗き込んだ。
「おいおい、本気かよ。」
 袋の中身は金貨だ。目方から言って尋常では無い額になる。気紛れなどで提示できるものではない。
「それでもあなたの必要な額には届かないでしょうけど。」
「あれに比べりゃ幾ら有ってもはした金だ。が、これは大盤振る舞いも度が過ぎてる。」
 心の中を覗き込むキリーに、しかしルディーナは応えなかった。
「つまらねえ話なら断るぜ。」
 キリーは言うが、巾着は既に懐の中。ルディーナはそれをちらりと見遣る。
「リールの地下迷宮と言えばあなたなら察しも付くかしら。」
 キリーは訝しげに眉を顰めた。
「あそこが何だか判ってるのか?」
「唯の遺跡じゃ無い事位かしら。」
 ルディーナはすまし顔で答える。
「物好きだなぁ。」
 キリーは自分の首に手を回した。
「竜のお宝なんて無えぞ。」
「その様ね。」
「金にもならねぇ。」
「それも知ってる。」
「封印がされててどうせ進めやしない。」
「なら尚結構ね。」
「成程。」
 キリーは給仕を捉まえて空のジョッキを渡し、代わりのエールを受け取る。
「しかし何だな。フィルツェとごたついてる男を、そのお膝元のリールに連れて行こうなんざ、度胸が良いと言うか、馬鹿と言うか。」
 キリーがぼやく様に言うとルディーナは笑みを浮かべて返した。
「楽天家なのよ。」

 キャシーは店を出て何気にぶらぶらと通りを流す。噂話なら聞いて歩くより往来の雑談に耳を傾けろだ。市場の商人と客の遣り取りを拾えば噂はたちまち形になる。
『火の山の竜が暴れてるって?』
随分突拍子も無い話だ。もしそうなら街などとっくに灰になっていよう。真っ赤な翼竜を見た者も居ると言うが、又聞きの又聞きでは何処まで信じて良いのやら。とは言え、近くの島森が丸ごと灰になったのはつい今朝方だし、二週以上前にカレドニアの北で起きた大規模な森林火災や、以来北へ北へと何かを辿る様に続いた山火事騒ぎは尾鰭が付いて様々な憶測を呼んでいる。
「単なる偶然でもなさそうだけど。」
 何れにせよ納得の行く説明は難しかろう。
「いや、偶々見かけただけだが。」
 背中からグレンの声がしてキャシーは振り返った。
「あら、居たの?」
「キリーと飯を食いに来たらお前を見掛けたので、誘ってやろうと思ったのだが、何か違ったか?」
 困惑するグレンにキャシーはけらけらと笑った。
「ありがと。でももう済ましたわ。向こうの店でルーが飲んでるわよ。」
「もうすっかり良い様だな。」
「ところが、あの馬鹿が来ない事には此処を一歩も動けない。お陰でこっちは噂の拾い歩きよ。」
 キャシーは両腰に手を置く。その時、ふと人混みの向こうに見知った顔を見つけて
「あ゛ー!」
 声を張り上げた。
「どうした?」
 グレンはキャシーの視線の先を追う。馬鹿が居た。キャシーは人混みを掻き分けて進むや、その胸倉を掴んで鬼の形相で迫る。
「今まで何してたのよ、このすっとこどっこい!」
 エスターは突然の怒鳴り声にきょとんとしてキャシーを見る。
「いや、だからさ、シェランに・・・。」
「遅い。大体、今更何の用が有ったって言うのよ。」
 キャシーは直も怒鳴る。が、グレンに裾を引っ張られてはっとした。周りを見れば驚いた群集の視線を一身に浴びている。キャシーはエスターの襟首を掴んで建物の陰に引き釣り込んだ。
「半月以上も何してたのよ。」
「半月?」
「惚けないで。どうして二日も後から出発したこっちが此処に着いてから二週間も待たされるのよ。」
 エスターは首を傾げて腕を組む。
「あの、それについてはわたくしが。」
 ソフィエーリアがおずおずと声を掛けるが、キャシーの剣幕は収まらない。エスターを壁に追い込んで長説教だ。
「キャシー、俺にも気を使ってくれんか。」
 グレンが再びキャシーの肩を叩いた。
「気を使えって何を。」
「いや、持病の空腹が悪化してな・・・。」
 背中の酒場に親指を向けるグレンに、キャシーは出端を挫かれた態。それでも店に席を確保するとエスターを前に身を乗り出すが、あれやこれやと料理を注文するグレンの声が次々割り込んで来るものだからキャシーは気勢を削がれて不満顔。グレンと給仕の遣り取りを待って再び口を開こうとするが、今度は思いもかけず現れたレーラが、
「あら、お久し。また痴話喧嘩やってるの?」
 二人を面白がる様に言う。キャシーはすっかり毒気を抜かれて椅子にそっくり返った。
 レーラは小さな巾着をソフィエーリアに渡す。雪兎の冬毛の代金だ。彼女はキャシーの隣に座ると、キャシーに運ばれてきたグラスをすいと横取りし、飲み干した。
「火事がどうのと随分騒がしいわね。どうせ焼畑の残り火か何かなんでしょうけど。」
「唯の野焼きの不始末って訳でもないみたいよ。」
 キャシーは代わりにエスターのグラスを取り上げる。そしてワインを軽く口に含むと続けた。
「嘘か本当か、カレドニアじゃ大きくて真っ赤なリンドブルムが暴れてたって言うじゃない。火山の主イサフィルーズだって言う人もいる様だし。」
 レーラの表情が一瞬強張る。だがソフィエーリアが妙に意識しているのを見て取ると、表情を落ち着かせて
「心当たりが有る様ね。」
 そう促した。ソフィエーリアはぎこちなく口を開く。
「わたくしが森を焼き払う為に放った火の精霊です。」
 暫しの沈黙。
「燃やした?」
 キャシーの目が訝しがる。ソフィエーリアはもじもじとして目を背けた。
「エルフが森をねぇ。丸ごと・・・。」
 レーラが呆れ顔でグラスを傾けた。だが、そう考えれば今朝の二人の不可解な姿が妙に腑に落ちるのだ。
「興味本位で申し訳ないけど、詳しく説明して貰えるかしら。」
 ソフィエーリアは頷き、魔の森に捉まった先日の出来事を話し始めた。エスターを追い結界を破った事。ドリュアデスが次の結界へと逃れる度、追いかける為に次々と森ごと焼き払った事を。
 キャシーは一々頷いて聞いた。ドワーフの鉱山で見たソフィエーリアと白竜との対決を思い起こせば、力量的に決して突拍子もない話ではない。森を焼いた事にしても、それ程に彼女の覚悟は強かったと言う事。
『考えてみれば王女の地位を捨てて押しかけ女房する位だもんねぇ。』
 芯の強さも並大抵ではない。
 だが、どうしても一つ腑に落ちない。
「あなた達がノルースを出たのは三週間も前の話。魔の森に迷い込んだのがその四日後として、今の話ではそこからせいぜい二日間か三日間の話じゃない。」
 確かに時間の辻褄が合わない。しかしソフィエーリアは首を振った。
「魔法の中で過ごした体感の時間は、実際の時間とは一致しないのです。」
「どう言う事?」
「魔法による結界とは、言ってみれば空間をねじって折り畳む様なものです。ですから歩いていても気が付けば遠くに飛ばされているなどと言う事もあります。でも、馬が駆ける様に早く移動するのとは理屈が違うのです。時の流れと世界の広がりは連動していますから、魔法によって場所を大きく変えると言う事は、時間も大きく動くと言う事になります。本人に自覚は無くとも、それだけ長い時間を過しているのです。」
「では長い事結界の中をうろつくとどえらい時間が過ぎてしまうと言う事か?」
 グレンが口を挟むと、ソフィエーリアは頷いた。
「魔法の範囲がどれ位に及ぶかにも依ります。相手を拒むだけのものであれば、追い返す為に必要なだけの狭い範囲で事足りるので数時間程度で済みます。わたくしの故郷エステリアの縁に張り巡らせた様な大掛かりなものでも長くて一日ニ日程度です。ですが、それが幾つも繫がれていたとしたらカレドニアの北斜面からカービスにまで及ぶ様な、移動に週を超える事象も起こり得るでしょう。点と点を結ぶものなら比較的容易なのかもしれません。それに、生半可な力を持つものが強大な魔力を操ろうとすると時としてとんでもない結果を招く事があります。」
 ソフィエーリアの説明は尚も続く。
「そもそも森の妖魔の魔力もおかしなものでした。本来精霊的な存在である筈のドリュアデスの魔の気配に、エスターもわたくしも気付けなかったのです。恐らく、ミズンと同じ魔法を使っていたのではないかと思います。過去にミズンの魔法使いを取り込んでいたとすれば、その様な力を得たとしても不思議はありません。
 それと、魔法の共鳴があったとも考えられます。」
「共鳴?」
 とキャシー。
「より強い魔法に引き摺られて本来の力を遥かに超える力を発する事があるのです。例えば、エスターの剣の様なものに・・・。」
「でも今回の事にエスターの剣は関係無いと思えるけど。」
 今度はレーラが疑問を挟む。
「飽くまで例えです。銀晶球、魂の青水晶、世界樹の枝・・・、太古の昔には様々な魔器が存在し、そのうちの幾つかは現在でも永らえていると言います。意図的であったかはどうであれ、それらが作用すれば決して不可能ではありません。」
「成程。まあ、何れにせよとんだ災難だったわね。」
 キャシーは言う。
「よりによってお前等に手を出した森の妖魔と、おかげで待ちぼうけを食らわされた俺等もな。」
 グレンは運ばれて来た料理の大皿を受け取ると、テーブルの真ん中にドンと置いた。

 待てど暮らせど戻らない蜻蛉獲り。痺れを切らしたルディーナ達の元に使いが来たのはその日の夕べ頃。どんよりと掛った雨雲は夜を急かし、薄暗い通りの側らに灯る明かりの下を潜ってみれば、ルディーナとキリーの前に表れたのは酔い潰れてテーブルに伏せるキャシーの姿だった。
「あらあら、玉山崩れて見る影も無しね。」
 隣りには鱈腹食って高鼾をかいているグレン。そして少し迷惑そうな店の主と、それらを横目に未だ尚ちびちびとやっているレーラ。
「お久しぶり。」
 レーラは椅子に凭れ懸かった儘に杯を持つ手を上げる。
「ご機嫌ね。うわばみは相変らずってところかしら。」
 ルディーナは隣りのテーブルの主の居ない椅子を引き寄せて座った。
「あんた、何処かで会ってねぇか?」
 キリーは初めて会うレーラに、しかし何か引っかかるものを感じて顎に手を遣る。レーラはくすりと笑ってキリーを見返した。
「私はあなたを知ってるわよ。風(キリーア)のレステル。」
 キリーのこめかみがひくりと動く。
「キリーと呼んでもらおうか。『ア』は余計だ。」
「あら、それは失礼。」
 レーラは悪戯な笑みを浮べた儘、空いたグラスを取る。
「あなた方もどう?」
 そして二人に差し出した。
「来る前に散々呑んだわよ。」
 ルディーナは素っ気無く断る。レーラの酒に付き合ってなどいたら身が持たない。酔い潰れたキャシーを見て改めて思い出すのはグラフの町での失態だ。それより、
「エスター達が来てるって聞いたけど?」
 レーラは空いている方の手で上を指した。
「二階に居るわよ。ソフィアが大分疲れてしまったみたいで。その内降りて来るでしょう。」
「・・・また待つしかない訳ね。」
「そうそう。野暮はしない。」
 からからと笑うレーラの言葉に、ルディーナは痒くもない額を掻いた。

 ソフィエーリアの食が細い。そもそもアルンは大食な種族ではないし、ソフィエーリア自身食には淡白な方だろう。しかしノルースを発して以来、日に日に少なくなっていく彼女の食事は心配になる程だ。見た目には特に変化は無いが、先程も食べたのは小さなライ麦パンと一口で消えてしまいそうなチーズ、クレソンと芹科の葉を少々、それだけである。そして、グレンが次々平らげる大皿の料理に気分が悪くなったか、彼女は部屋を借りるや席を引き払った。エスターが付き添えば、
『先日の魔の森の毒気に当てられたのかもしれません。』
 とは言うが、如何にも取って付けた様な言い訳だ。
 窓を閉じると雑踏が遠慮がちに出て行く。ベッドに横たわったソフィエーリアを見守りながら、エスターは椅子に腰掛けた。
 不思議な気がした。つい昨日までカレドニアの北辺の森に迷っていたのが、気が付けば今は街の宿の中でこうして座っている。何も片付かない儘に流され、結局は元来た道に立ち尽くしている。だが、何も為せなかったとしても、時が来ればまた歩き出さなければならないのだろう。仕方の無い事だ。周りは自分の事など待っていてはくれない。
「行くしかない。」
 エスターは誰にとも無く呟いた。
「良いのですか?」
 ソフィエーリアが小さく問い掛ける。エスターは頷いた。
「僕等は此処まで来ていて、キャシー達とも再会してしまった以上、今更帰るとは言えないだろう。元々、シェランに帰ったからと言って何が解決する訳でもない。結局は僕の中の事だ。それは判ってはいたんだよ。」
「余り気になさいませんよう。」
「君の言った通りなのかもしれない。僕はお母様を意識し過ぎているんだろう。何の因果か今こうして待ち合わせの場所に居るのも、いい加減に忘れてしまえって事なのかもしれない。」
「あなたがそう思えるのであればそれで良いのでしょう。ただ、人には拠り所となる場所が在り、そこに立ってこそ決められる事も在ると思います。あなたがシェランへ帰ろうとした気持ちが無意味だったとは思いません。」
「ありがとう。」
 エスターは笑みを造り、ソフィエーリアの額に口づけた。
「でもやっぱり戻るのは止そう。これ以上ルーに迷惑は掛けられない。約束を交わしている以上は責任も在る。」
「あなたが決めた事ならば、わたくしに否はありません。」
 ソフィエーリアは微かに笑みを浮べた。そしてその儘目を閉じる。皆の前では気丈にしていたが、その実、随分と体力をすり減らしていたのだろう。彼女は消入る様に眠りに落ちた。
 外で雨が降り始めた。エスターは窓に映る人影を見た。それは自分なのだろうか、クレシリスなのだろうか、それともソフィエーリアなのだろうか。そんな事ですら曖昧になり、交じり合って消える。エスターはそっと席を立った。
 階段を酒場へと下りてみれば、正面のテーブルにはルディーナ達が居た。足音に気付いたルディーナが顔を上げる。彼女は特に表情を変えもせず、立ち上がりもしない。
「もう来ないかと思ったわ。」
「そう?」
 エスターはルディーナの後ろの椅子に、背中を向かい合わせる様に腰掛けた。
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~ Comment ~

こんばんは

おお、ルディーナ。
なんだか懐かしい。
でも記憶って不思議ですな。
第1章ではじめて登場する二人をエスターとキャシーじゃなく、
ルディーナとキャシーと記憶違いをしていました。
これいわゆる「過誤記憶」なんでしょうね。
記憶って変化しながら固定し想起するとまた変化し、固定していくから、
繰り返して読まなきゃ記憶が変わってしまう。(笑)

Re: こんばんは

 こんにちは。コメントありがとうございます。
 第1話ではないですが、しかしプロローグで一番最初に出てきた人ですから、その辺が原因かもしらんです。
 しっかし、何でこんなに更新が遅れてますかねぇ。我ながらしょーもない。せめて二月に一話ぐらい書きたいんですが、半年に一話って・・・。死ぬまでに書き終えるかしらん・・・orz
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