藤花幻:つちのこプロデュース完全無欠の主観的歴史教室 7

「短編」
甲斐武田は戦国最強か

つちのこプロデュース完全無欠の主観的歴史教室 7

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   7 調子に乗っていたら・・・

 1575年、武田家滅亡のきっかけを作ったとされる長篠(設楽ヶ原)の合戦、これは実はとんでもない山奥を舞台として行われた。
 長篠城はやっと500人が籠もる小城でしかなかった、そこに武田家は1万3千もの大兵を投入している。大勢で小勢を脅す何時もの遣り方で、「もともと奥平(長篠城主)は武田を裏切り(徳川に)乗り換えた者だから惜しがらないだろう。」「こんな山奥の土地取られたところで目くじら立ててる事もないだろう。」位の気持ちで望んだら、思いも掛けず織田家が本気になってしまったものとして解釈すると実に腑に落ちる。
 勝頼の代になっても遠江の国への侵食は続いていた。大兵で少豪族を威圧し恭順を迫るという武田家の戦略は有効に働いた・・・かに見えた。だが兵を動かすにはそれに応じた財力を必要とする訳で、大軍ともなれば消費される財は莫大なものになる。それは武田領国内に重く圧し掛かった。前述のとおり武田家の基盤となる領地は無駄に広いが生産性は大変低い。それが頻繁に兵を繰り出せばどうなるか。しかも戦地にたどり着くまでに険しい山道を延々行軍しなければならないのである。戦をする前段階で既にかなりの費用を消費せざるを得ないのだ。挙句手に入れた領地は侠昧な山間の地で、土も痩せている。無駄に広がった領国防衛の為に掛かる維持コストも馬鹿にならない。武田家の威圧拡大路線が財政を圧迫し続けた事は考えるに易い。それでも晴信の代は仕組まれた連勝が事実を覆い隠し、財政の疲弊が表に出ることは無かった。だが勝頼の代になり、長年蓄積された財政の悪化は限界に達した。長篠の合戦での大敗は、晴信の作り上げた連勝バブルが実は幻想であった事を暴き出したのだと言える。
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~ Comment ~

NoTitle

7.まで読みました。
財政面から見た長篠の戦はあまり読んだことがありません。
いや~勉強になりました。
これだと武田の勝ち目は千に一つもなかったわけだ。
ひとつ聞きたいんですが、ひょっとして武田にだまし討ちに
されたご先祖がいるんですか?(笑)

エリアンダー様へ

 こんにちは。コメントありがとうございます。
 そーなんです。実は私の先祖は武田晴信に滅ぼされた諏訪頼重の孫の妻の従姉弟の友人の隣りに住んでいた人の知り合いだったんです。つまり無関係と言う奴で(笑
 いやね、とくにかくNHKを始めとして武田至上主義と言うか、とにかく武田最強、武田最高の風潮が鼻に付いて鼻に付いて。しかし理屈で考えれば、武田がそんなに強い大名であった筈は無いのです。
 何度か言ってますが、戦争とは経済そのものです。幾ら戦術に富んでいても戦略の画けない人は最後は負けます。そして戦略を支えるのは財力です(金持ちなら強いとは言ってない)。どうやって財を確保し、何にどう使い、どう言う見返りを得たかが重要なのです。その基準に則ってみれば、乏しい財政基盤で、常に見合わない大兵を動かし、その結果として利益の上がらない地域ばかりに勢力を拡大した武田の台所事情が健全であった筈はありません。今で言えば「て〇みくらぶ」とか「スマートデ〇ズ」みたいなもんです。そういうのをして時代の寵児に仕立て上げてしまう人達に、ちょっと物申したい訳であります。
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