藤花幻:つちのこプロデュース完全無欠の主観的歴史教室 5

「短編」
甲斐武田は戦国最強か

つちのこプロデュース完全無欠の主観的歴史教室 5

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   5 いよいよ小豪族はいなくなってきた

 武田家の最大所領は甲斐、信濃、上野、駿河の他にも、遠江、三河、美濃、飛騨、越中、越後に至った。実に南北240km、東西180kmにも及ぶ大版図で、同時期の勢力地図では戦国大名最大だった。にも関わらず最大石高120万石でしかなかった。どういう事か。
 実は今川領攻略以降の武田家は山間の小領地を掠め取る事で勝ち星を延ばしていたのである。まあ、何ともしみったれた話で、豪快な武田騎馬軍のイメージからは程遠いが、事実である。実際、最盛期の武田家の所領を細かく見ていくと、遠江も三河も北部山岳地帯、美濃は東端の恵那・中津川の小盆地に留まり、飛騨に至っては全土を有したところで5万石も無い。越中南部や越後春日山の南なんて兎に角、山やまヤマ。見た目領地のかさ上げには役立っても、実質的な収入には殆ど貢献しないのだ。
 駿河攻略以降、武田家の勢力は平野部へは殆ど広がっていない。此の時期の周辺勢力と言えば織田家、徳川家、北条家、上杉家であり、信濃の小領主を相手にするのと訳が違う。平野部の豪族は見た目小さくとも人口も生産も多く、また援軍の要請も容易であり兵が集まりやすい。無論 その勢力の生命線となるだけに譲るに譲れない場所で、ちょっと位の兵で威圧したところで素直に恭順されてくれる筈も無い。下手に手を出せば火傷するのは必定だ。一方、山間の小豪族はちょっと多くの軍勢を出せば抗すべくも無い程小勢。武田家と事を構えたくない周辺大名からしても、失ったところで「しょうがないか」としぶしぶながらも目を瞑ってくれる程度のものだった。特に近畿大名の反抗討伐に忙殺されていた織田家にしてみれば、敵はなるべく少ない方が良いに決まっている。120万石の武田家は織田家の1/3以下でしかないにしても、加えて相手にするには厄介な相手。その時点では東美濃の山奥程度の餌で大人しくしていてくれるなら安いものだったのだ。
 武田家は何時しか山間の王者となっていた。武田領の生産性は低く、常に他国を奪い、勝利という餌を与え続けなければ家中の統制は保てない。だが既に掠め取れる領地も尽きてしまい、飢えた狼はいよいよ切羽詰まってくる。

武田 山岳コレクター
 ピンクの所が付属領地。山岳コレクターかっつーの。
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鍵※下さった某永遠の後姿28歳様へ

 こんにちは。コメントありがとうございます。
 記事とコメントの見事なズレっぷりに完敗(笑
 煮るなり焼くなり燃やすなり晒すなり、好きにしておくんなまし(笑
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