藤花幻:隠された村

ぐーぐるぐーるぐる

隠された村

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m天然迷彩
 これ、サバイバルスーツの柄・・・だと思った人挙手~( ・д・)ノ
  実は福島県は某所の衛星写真である。当に天然の迷彩色。自然の迷路。それでも人は住んでいる。日本なんて行きつくしたとかのたまってる人、日本は想像以上に広いよ。
mこれって隠田?4
  お次はここ。何かと話題の若狭湾である。見える?直線。
mこれって隠田?4
 判りやすいようにライン引いてみた。これみんな断層である。縦横斜めまるで断層の巣。素人がぱっと見ただけでこれだけあるのだよ。細かいのも調べたらもう画面真っ赤になるんじゃなかろうか。よくぞまあこんな危険な所に原発なんか作ったもんだよなぁ。その蛮勇に完敗。
 とは言っても、そんな無粋が主題の訳は無いこのブログ。次みておくんなさいまし。
mこれって隠田?3
 これ。
mこれって隠田?2
 拡大してみると、こうなる。
 手前の耕地と奥の耕地の違い判ります?決定的な違いは、手前は狭いなりに田んぼが平らなのです。ところが、奥の田畑は総て棚田、段畑になっています。つまり山の窪地を無理やり切り開いたと言う事なのですよ。しかも入り口は大変狭隘な谷が一つだけ。今でこそ立派な道が通っているが、昔は獣道みたいな細道が通るだけだったに違いない。となれば外の人間だったらまず気づかないこと間違い無し。なぜにこんな耕作に適さない所に田畑なんぞと首をかしげてふと思い当たった。隠田だ。でも規模がちとでかいかな。ネットで調べた限りでは判らなかった。しかし、かつては隠田集落だったのではないかと勝手に想像してしまうのであります。
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~ Comment ~

隠田?確かに目立たないわなぁ

大麻畑なんかだと場所確定されないよーにしてそうなもんやけど
これもそういうもの?

カテンベはんへ

 こんちは。コメントおおきに。
 確証はないのですよ。飽くまでわたくしの推測。で、現に隠田集落は存在しました。平家落人の里なんてのはまさにそれ。ただ、此処まで規模が大きくなるとどうなんだろう。
 しかしですよ、何も隠田は個人単位、村単位でやったとばかりも限らないのです。
 関が原で敗れた毛利家は推定120万石から37万石に大減俸されています。それを補う為に筵で覆い隠せるほど小さな土地まで開墾しました。そして幕府の人間が偵察に来ると本当に筵で隠したとか。石高は大名の力そのものですから幕府の監視の目も厳しい。財力をおおっぴらにするとあれやこれやと使役を言いつけられて良い事無し。だから隠したのですよ。中には見得張って10万石そこそこを20万石と証したお馬鹿な藩もありましたけどね。何処?高知県の人に失礼だから教えてあげないよ。まあ、つまるところ、藩ぐるみで不正した可能性もあると。
 最初は隠田から始まって後々ばれたから開き直ってでかくしたとか、色々考えられますがね。

NoTitle

なるほどー。そういえば実家の近くにも、こういう山の中にぽつんとある集落あったなと思いました。それも、谷筋へ降りた側じゃなくて尾根挟んだ反対の町と合併してるんですよね。あれ、なぜなのかなーとずっと疑問に思ってました。
隠し田とかで元々尾根向こうの村との関係が密だったと思えば納得です。

NoTitle

こうやって見ると確かに怪しいですね。
急に山道になってその奥に棚田が広がってる。
隠田ですか。
なんだか夢が広がりそう。

椿様へ

 こんにちは。コメントありがとうございます。
>>>谷筋へ降りた側じゃなくて尾根挟んだ反対の町と合併してるんですよね
 昔の土地は開墾した人に権利が有ったのでそう言う例が多々有ります。番地がどういう訳かそれだけぽつんと飛んでいたりするのもその類の事例です。また、飛び地も大概それが原因なんですよね。
 隠田についてはその言葉がある事からも判る様に、決して珍しい存在ではなかったと思われます。あとは誰が加担したかです。そういうのも調べると面白いかもかも。

エリアンダー様へ

 こんにちは。コメントありがとうございます。
 桃の木も沢山植えてみましょうか。実際、桃源郷って中国の隠田集落だったのではないかと思っております。お上の支配が無いだけでも随分違いますもんねぇ。特に昔は六公四民+使役とか当たり前だったから。

NoTitle

「隠田」で検索したら、東京・渋谷に昔その地名があったようです。
北斎が富嶽三十六景で「隠田の水車」という絵を描いています。
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai027/
江戸時代は、渋谷はかなりの田舎だったでしょうから、水車があったということは
北斎以前に隠れ田んぼがあった名残かと思いましたが、どうでしょう。

学生時代に「士農工商」と習いました。じつは侍の1位は変わらないが、
農民の2位というのは間違いだったと最近はされているそうで、
隠田という田んぼも百姓の暮らしがじつに大変だったことを物語っていますね。

そバーソば様へ

 こんにちは。コメントありがとうございます。
 ああ、私も出ました。隠したけど見つかっちゃったんですねぇ。今でこそアレな渋谷ですが、昔はド田舎もどいなか、一人で歩いても追いはぎも出ないとか、花嫁の行列を見つけたら晴れてるのに雨が降っていたとか言われる始末。・・・誰が言ったって?いあ、私が・・・。隠す気がなくても誰も気付いてくれなかったとか普通に有りそう(笑
>>>士農工商、実は農民の2位というのは間違いだった
 ですよねぇ。農民の下層が豪商相手にえばってたなんて聞かないもの。だいたい、大規模な新田開発は豪商が請け負っていたりします。農民より下の立場の人ならそんな事出来るはずが無いのであります。社会の基盤となる物を生産する人は、その重要さゆえに不当に押さえつけられる宿命にあるのかも知れません。
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