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エステリス王家紋章シャノン・アルスター幻想
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29 黒猫

 29 黒猫

 床に描いた魔法陣の上で金属の器が湯気を上げる。ルデルはそれをカップに注ぎ分け、一つをソフィエーリアに手渡した。ソフィエーリアは礼を言って受け取ると、壁に凭れるエスターの口に含ませる。エスターはゆっくりと一口飲んで小さく微笑んだ。そしてルデルに向けて
「迷惑を掛けるね。」
 そう謝った。
「全くだ。」
 ルデルはつい本音が口を吐く。しかし後味が悪そうに視線を逸らすと、自分のカップにお茶を注ぎ、壁に凭れて口を付けた。
「しかし驚いたな。あれだけの傷を負いながら、いったい・・・。」
 つい数時間前まで生死の渕を彷徨っていたとは思えぬ今のエスターの姿。古の血を受け継ぐ種族の不可思議な力の為せる業と言われれば、そう思うしかあるまい。だが、ハイ・エルフとしてより濃い血を持つソフィエーリアのあの取り乱し様を見れば、やはりエスターのそれが正常なものとは到底思えない。
「言ったろう。少し時間をくれって。」
 ルデルの問いにエスターは冗談めかして応えた。
「あの様な台詞、額面通りに誰が聞く?」
「何時もならもう少し早く良くなる筈なんだけどね。」
 エスターは患部に手を遣るが、訳の分からぬ言葉にルデルが眼を吊り上げるのを見て
「イレイアの治癒の魔法は彼女が言う程弱いものじゃないよ。」
 お茶を濁す様に笑って再び目を閉じた。
 言葉を切られてルデルは仕方なく黙る。が、ふと、足元の床に光が浮かび上がるのに気付いて身を起こした。光は這う様に文字を連ねる。遠隔発信の魔法文字だ。
「セレネスからですか?」
 ソフィエーリアが問う。ルデルは頷いた。
「どうやら無事に片付いた様だ。」
「皆は無事なのでしょうか?」
「あちらとはものが違うさ。」
 ルデルは口角を上げ、まるで自分の事の様に得意げな表情を浮かべる。複数の足音が聞こえてきた後、先の分岐の闇に薄明かりが灯るのを見つけて彼は立ち上がった。
「早いお帰りだ・・・。」
 そう言い掛けて身を固くした。その視線の先に現れたのは全く見知らぬ一団だった。向うも突然の遭遇に驚いた様に身構える。それぞれに施した埋伏結界が強かったばかりに、互いの存在をぎりぎりまで気付けなかったが故の不運だろう。
 ルデルは立て掛けていた杖に手を伸ばす。相手の先頭二人が剣を抜いて猛然と走り寄って来た。白刃が迫る。寸での処でルデルの魔法がそれを弾き飛ばした。鋼鉄の刃は甲高い音を立てて天井に当たり、跳ね返って床に響いた。
「うっ・・・。」
 男は柄だけが残った手元を見て顔面を蒼白にさせて後ずさった。それを見て後続の男達が色めき立つ。大柄の戦士がニヤリと笑って前に歩を進めるや、大剣を抜いた。
「止めよ。」
 だが女性の声が部下の剣を制した。エリミアだった。
「フィルツェの魔法使いでもあるまいに、誰彼構わず噛み付いてどうする。」
 部下達の陰から現れたエミリアの言葉に、大柄の戦士は舌打ちして剣を引っ込めた。他の男達は鞘に納めこそしなかったが、剣先を下ろす。ルデルは相手の女性に微かに既視感を覚えながら、片手で杖を構えて後ずさった。
「泣かせるではないか。二人の姫を守る為に身を張る騎士と言ったところか。」
 エリミアは口元を綻ばせてルデルを見遣った。そしてその後ろのソフィエーリアと、彼女に支えられて立ち上がるエスターに視線を移す。エメラルドグリーンの瞳と視線が交差する。その瞬間、彼女の杖の青い透明な石から光が溢れ出した。
 青白い光に包まれたエリミアの視界にはエスターだけが浮かんでいた。
 エスターに見えるのもエリミアだけだった。上下の感覚が麻痺し、浮遊するかの様な頼りない自己認識。予期しない出来事に
「君は誰だ?」
 エスターが声なき声で問う。
「あなたこそ、何者なの?」
 困惑したエリミアが木霊の様に返す。互いの手が延びる。触れるか触れないかの時、
「エスター、どうしました!?」
 ソフィエーリアの声が割り込んだ。
 エスターは我に返った。水晶から溢れ出た光が消え、現実が空間を支配する。生身の体が嫌に重たい。
「今の何?」
 エスターは頭を振った。
 エスターの驚きはまたエリミアの驚きだったろう。彼女は額に手を置き戸惑いの表情を見せる。
 一方でエリミアの取り巻きは蚊帳の外だ。むしろそんな彼女の様子にこそ戸惑っていた。いや、彼等だけではない。エスターの異変に気づいたソフィエーリアにしても何があったかを語れるかと言えば否だろうし、ルデルに至っては単に気圧されたとしか思えまい。
「どうやら、お前と私には何かしら因縁がある様だな。」
 エリミアは刺す様にエスターを睨みつけた。突き出した杖先で紫色の光が膨れ上がる。
「悪いが断つぞ。」
 ルデルが咄嗟に杖を対峙させるが、抱える魔力の違いに青褪めた。エスターは剣で受ける様に構える。ルデルはソフィエーリアを抱えて角の陰へと飛び退いた。光がエスターに襲い掛かり、彼は構えた剣ごと吹き飛ばされた。
「!」
 エリミアの二度目の動揺だった。コボルトを塵の山に変えた魔法が、相手を弾き飛ばしたとはいえほぼ無効化されようなどとどうして予想しよう。そして彼女はエスターの持つ剣に気付くと更なる驚きを隠さなかった。
「何故にその剣を持つか!」
 怒りの声に殺気が宿る。
「どういう事さ?」
 背中を壁に強かに打ち付けられたエスターは、苦悶の表情を浮かべつつ、気力だけで剣先をエリミアに向けた。刃から感じる微かに漏れ落ちる魔気。相手の魔法を無力化した力だろう。こんな細い剣に一体どれだけの魔力が仕込まれていると言うのか。そしてエリミアは明らかにその出自を知っている。
「君は何者だい?」
 エスターの意識が薄らぐ。エリミアは小さく唇を動かし、何か言葉を紡いだのかもしれないが、聞き取れない。
 その時、エリミアは何かを察して踵を返した。同時に付きの兵士達がエリミアを隠す様に取り囲む。彼女は目を細くして、来た道とは別の暗闇に視線を送る。明りが近づいて来る。
「真打のお出ましか。」
 エリミアは左手を上げ、ちょいと指を振った。配下の一人が素早く短刀を投げ放つ。甲高い音と一条の反射光。カランと石畳に金属音が響いた。
「流石ね。」
 結果など判り切っていたと言う事か、エリミアは静かに言う。
「挨拶代わりって事かぁ?」
 キリーの声が響いた。明りに姿が浮かび上がる。続いてグレン、サイファが照らし出されるが、サイファは即座に集団の後ろへ身を下げる。ルディーナはちらりと視線を遣るも、そのまま前に出た。
「察するところ、あなたが頭目のエリミアさんかしら?」
 ルディーナが問いかけるとエリミアは口角を上げた。
「違いますよ。」
 セレネスの声が割り込む。彼はエリミアを凝視して言った。
「久しぶりですね。その声、覚えていますよ、レテイシア。」
 声は低く重く響く。
「名前など変えても直ぐに思い当ってしまいます。悲しいかな。」
 エリミアは微笑を浮かべながら、しかし目からは表情が失せる。取り囲む部下達は色めき立って身構えた。余程秘密にしておきたい名前なのであろう。だが当の本人は間に立つ部下の肩に手を遣って行動を制すと、
「奴達が居る以上、素性が知られるのは当然の事。一々目くじらを立てるな。」
 一団の先頭に出た。
「いずれ出て来るとは思っていたけど、少し早すぎはしないかしら、セレネス・ファージング。」
 エリミア、いや、レテイシアと呼ばれた女性はセレネスに視線を向けた後、その周りの一人一人を確認するかの様に見遣った。
「裾陰のイレイアに石喰(いしばみ)のグレン、風(キリーア)のレスティまで一緒とは随分と物騒な同窓会ね。また何処かの城でも灰にする積り?」
「随分と酷い言い草だな。」
 グレンが小さく呟き、キリーは目を怒らせた。
「セレネスにゃ助けられておきながら、小娘が随分偉そうな口を利きやがるじゃねぇか。」
「まさか、まだ十二の子供を相手に恩を売った積り?ものも知らぬ小娘を言い包めて安泰と思うなら随分と甘い男ね。でも、残念ながら十年も経てば子供も子供ではいられないのよ。」
「たかだか十年さ、まだ充分に小娘だ。」
「そう、十年。」
 レテイシアは一瞬、哀愁を漂わせた。
「私は力を手に入れたわ。あなた達を滅ぼせるだけの。」
 レテイシアの瞳に暗い物が沸き上がる。感情の高ぶりに同調する様に、彼女の杖の青い石が光を帯び、魔気が迸る。
「キリー、気を付けて。魔力が尋常ではありません。」
 セレネスの声が飛ぶ。それよりも早くキリーの足が動き出した。杖の先から紫色の光が涌き出し、生き物の様にキリーへと襲い掛かる。一閃。紫色の光は二つに割れ、まるでのたうち回るかのごとく揺れた後、消えた。キリーが更に踏み込み、グレンがフォローの為に隣に入った。だが、見えない壁がそれを遮る。
「な、何じゃ、これは。」
 はっきりとした壁ではない。ねっとりとした空気が纏わりつき、それより先に進めない。
「レテイシア(・・・・・)様、キリーの剣は魔法をも断ちます。くれぐれも御身を大事に。」
 レテイシアの後ろから灰色のローブの男が囁く。その声にセレネスの上瞼がびくりと動いた。
「キリー、グレン、間を取ってください。」
 レテイシアの周りの空間に無数の光の矢が浮かび、一斉に襲い掛かる。今度はセレネスが魔法障壁を起こす。レテイシアは砕けて消えた光の矢に舌打した。
「その様な魔力を持った水晶を、一体何処で。」
 セレネスは問う。レテイシアは聞かぬ振りで次の動作に入った。その時、
「お気持ちは察しますが、あまり時間が御座いません。そろそろ・・・」
 先程の灰色のローブの男が耳打ちした。レテイシアは鼻で笑った。
「運のいい事。今日の処は此処までね。」
 言うや言わんや、洞の奥で鈍い音が響いた。
「幸運ついでに忠告してあげるわ。命が惜しくばあなた達も早く避難した方が良いわよ。」
 レテイシアはそう言うと踵を返した。
「野郎!」
 後を追おうとするキリーを再び見えない障壁が遮った。キリーは風斬を振るうが、単なる結界でもない様だ。魔力が結界の傷口を塞ぎ、先に進めない。その向こう側で、灰色のローブの魔法使いは多方向に次々と結界を廻らせていく。キリーの前には更に二枚の重ね掛けと言う念の入れようだ。
「くそったれが!」
 キリーは地団太を踏んで、闇の向こうに消えて行くレテイシアを見送った。
「エスター!」
 殿で事の成り行きを見守るしかなかったキャシーがエスターの元へ駆け寄ろうとする。が、見えない障壁は彼の前にも張られていて、あと少しだと言うのに手が届かない。
 ふと、奥から聞こえる鈍い音の音調が変わって彼女は表情を変えた。例の水の流れる音ではない。まるで地響きだ。それは次第に大きくなり、近づいて来る。
「滝?」
 ルディーナはハッとなる。その顔から血の気が引いた。漏水だ。迷宮の奥から大量の水が溢れ出しているのだ。そして狭い洞内を水の壁が迫って来るとすれば、飲まれたが最後一巻の終わりだ。こうなると二手に分かれた事が悔やまれる。目の前には半ば意識が消えかけているエスター。間には厄介な魔法の障壁。更にその向こう側の角に立つソフィエーリアとルデル。やはり見えない障壁に阻まれて近付くに近付けないでいる。魔法を解こうにも既に足元に水が這い始めていた。
「やっべぇ。」
 サイファがイの一番に逃げ出した。
「ルデル、逃げて!」
 ルディーナは障壁の向こうに叫び、自らも走り出した。血相を変えてグレン達が続く。
「ちょっと、すぐそこに居るのよ。」
「馬鹿言いなさい。」
 魔法の障壁の向こうに怒涛のごとき水の塊が迫っていた。先達の流れがエスターを包む。
「エスター!」
「諦めなさい。」
 ルディーナは立ち戻ると、叫ぶキャシーの手を引いて再び駆け出した。別の道からも水が迫って来た。先を走るサイファが横の逃げ道に招く。とは言え水の足は速く、とてもではないが、
『間に合わない・・・。』
 その時セレネスが最後尾で魔法障壁を張った。押し寄せる水は見えない壁に阻まれて荒れ狂う。嵩は見る見る上がっていく。壁の隙間から水が噴き出し始めた。
「急いで!」
 二角も行かぬ間に横道から水の塊が襲い掛かって来た。セレネスとイレイアが魔法障壁を交互に張り、水の流れを断ち切る。だが一度箍の外れた石壁は水の圧力に耐えきれず、崩壊しては猛り狂った水を解き放つ。切りがない。
「奴等め、『栓』を抜きおったな。」
 グレンは息を切らせながら言葉を吐き捨てた。先を走るサイファやキリーからは相当遅れている。体力はあっても足が遅いのは補えない。
「セレネス、イレイア、いいから先に行け。」
 彼は最後尾につき合うセレネス達に言った。
「馬鹿言わないで下さい。あなたを見捨てた位で逃げ切れる状況ですか。」
 セレネスも随分と息が荒い。いい加減限界だ。
「それより流れを止める良い手立てを。」
「水は流れるもんだ、止められるかぁ。」
 と、叫んだグレンが視界から消えた。いや、突き出した石畳に足を取られ、転んだのだ。水が追いかけて来る。イレイアが二・三の言霊を唱えると手を突き出した。障壁が水を塞ぎ、水の壁を作る。続いてセレネスの杖から白く輝く光が走った。水の壁は周りの石壁ごと結氷した。
「い、良い手が浮かんだではないか。」
 間一髪、凍った水が漆喰の代わりとなり、石壁をしっかりと咥え込んでいる。
「障壁と同じで何時までももつ魔法ではありませんよ。魔法が解ければ一瞬で水に戻ります。第一、この格子状構造では直ぐに別口から来ます。」
 セレネスは杖の先で床を突いた。
「これ、下に排水路はありませんかね?」
「道理だな。」
 グレンは肩で息を吐きながら、ずれて少し捲り上がった敷石を見た。水力による仕掛けを巡らせた迷宮なら、無論その捨て場も用意してある筈だ。
「とにかく水を抜かない事には話になりません。連れは水壁の向こう側に居るんですからね。」

 先水が横たわるエスターの肢体を包む。見えない障壁の向こう側で水嵩は次第に増していった。ソフィエーリアは必死に手を伸ばすが、障壁は軟らかに波紋を広げつつ、しかし決して体を通過させない。
「エスター!」
ソフィエーリアは叫ぶ。本流は躊躇いも無しに迫って来た。
「駄目だ。」
 ルデルはソフィエーリアを抱きかかえる様に捕まえた。魔法の障壁がとてつもなく強固なのは判るが、しかし何時まで存在するかなど知りようもない。凄まじい勢いで流れ来る水の塊を前に、そんな不確実なものに身を任せる訳にはいかないのだ。波しぶきが障壁にぶつかり踊った。ソフィエーリアは半狂乱になって夫の名を呼ぶ。ルデルは彼女を抱えて走り出した。若い女性に、恋人の最後を見守らせてやる程に非情にはなれなかった。
 迷宮を満たした大量の水が、突然引き潮のごとく引いた跡を、ルデルは気を失ったソフィエーリアを背負い、宛ても無く歩いた。高低差の無い格子状の洞内では、何処をどう逃げたところで水の氾濫から逃れる事など出来ない。それを救ったのは結局はソフィエーリアの持つ太古の力だった。彼女が無意識のうちに使役した水の精霊の守りが無ければ、とても助かりはしなかったろう。そして今、そうして救われた体でソフィエーリアを背負いながら、しかし出口に辿り着く術を持たない自分の不甲斐無さにルデルは唇を噛んだ。
『セレネス達は無事に逃げ果せただろうか。』
 能力も経験も比べようもない存在だが、だからと言って不死身である訳ではない。だが何故か彼等なら必ず無事でいる筈だという確信にも似たものがあった。
『楽観に過ぎるか・・・。』
 自分の中の客観的な人格が冷や水を注す。そしてふとそう思った瞬間、ルデルは立ち止った。
『ソフィエーリアが持ち得る本能が無意識に水の精霊を支配したのだとすれば、エスターの本能もまた本人の意識とは無関係に彼を守っているのではないか?』
 ルデルの脳裏に過った考えは所詮小さな可能性を論じたものに過ぎない。それは余りに僅かな望みだ。とは言え、ソフィエーリアがその望みを否定するだろうか。そんな絶望的な迄に儚い希望を抱いてしまったとしたら、彼女はこの後の長い生をどう過ごして行くと言うのか。下手な望みは時として絶望よりも惨い結果をもたらすだろう。
『・・・罪を犯したかも知れない。』
「だからと言って、あの時の私にどうしろと・・・。」
 ひとり呟く。その時、通路の向こうに複数の人の気配を感じた。それは決して慣れ親しんだ人のそれではない。が、覚えはある。つい先程に対峙した一団だ。ルデルはソフィエーリアをそっと床に下ろし、身構えた。額から冷たい汗が零れる。遣り合って勝てる相手ではないのは先刻承知している。だが逃げて逃げ切れるものでもない。腹を括るしかない。
「また会ったな。」
 暗闇に明りが灯る。青い服が浮かび上がった。レテイシアだ。彼女は供の者達を片手で制すると、
「はぐれたか。まあ良い、付いて来い。」
 そう言ってルデルに手招きした。
「あの漏水をどうやって凌いだ?」
「上の階層に避難していただけの事。」
 単純な話だ。複数の上下の連絡路があるなら、破水した側とは反対側に居れば良いだけで何の特別な策も要らぬ訳だ。
 レテイシアは背を向けて歩き出す。ルデルが躊躇しているのに気付くと、少しだけ振り返った。
「どうした?来ないのか?もっとも、無理にとは言わぬがな。」
 その時レテイシアが微かに見せた口元の微笑みにルデルは安堵を覚えた。だが同時に不信感をも覚えた。無理強いをせぬ、つまり見逃す事を前提について来いと言う事は保護と同義だ。
『此の儘出口まで連れて行ってくれる積りなのだろうか。』
 そんなルデルの心の声を見透かしたかの様にレテイシアは今度は明らかな笑みを見せた。
「理由は三つある。一つは、お前が理性的な男だと言う事だ。もしお前が本気で戦えば私の部下も無傷とはいくまい。しかし勝てぬと知って無駄に刃を交える様な無謀をお前はしない。」
 大した殺し文句だ。
「二つ目は、セレネス等に借りを作れぬと言う事だ。先だって、私の部下二人を見逃してもらった様だからな。」
 もしルデルがセレネス達と行動を共にしていたなら気付いたであろう。レテイシアの後ろにはハンニバルに加勢させた二人が患部に治療を受けて戻っていた。
「そして三つ目は、お前達二人が嘗ての私達に似ていたと言う事かな。」
「似ていた?」
 ルデルはつい自分の服に目を落とす。
「姿形ではない。お前達の置かれた状況だ。取り残され、絶望し、暗闇に蹲りながらも、心の中では希望を求めている。」
 レテイシアはそこまで言うと、
「感傷だ、忘れろ。」
 言葉を切って再び歩き始めた。魔法の灯は消され、辺りは暗闇に包まれる。ルデルは困惑する。
「どうして明りを消す?お前達はこの暗闇でどうして歩けるんだ?」
 すると、何時の間にそこに居たのだろうか、すぐ隣で灰色のローブの魔法使いの低い声がした。
「まだ本当の魔法の在り様を知らぬと見えるな。」
 男はクククと喉を鳴らした。
「上をよく見てみるが良い。魔力をだ。古来、糸と呼ばれておるものだ。もっとも、よほど気を付けねば見落としてしまうがな。」
 ルデルの眼に、天井の闇の中に走る幾筋もの光が映った。確かにそれは紛れもない、アリアドネの糸。

 丘陵地の底を縫う様に道は続いていた。岩場の北側を大きく迂回する辺りは、南は勿論、西も東も小山で遮られおよそ良好な日当たりとは無縁らしく、育ち損ねた小木ばかりが半ば崩れ掛けた傾斜にいじけた姿を晒していた。
 石標が目に留まる。刻まれた行き先を示す文字は古いものではなく、道が造られたのは実はさほど昔でもないのかも知れない。しかし戦乱の中で打ち捨てられたか、それとも故意に封鎖されたか、整備などされておらず、木の根が縦横無盡に這い回って歩き難い事この上ない。ふと、石標の上に置かれた丸い物に気づいて摘まみ上げてみる。何かの願掛けにでも置かれた物なのであろう、古ぼけたファージング硬貨だ。成果が有ったかどうかは知らないが、今となっては役目も終えているであろう。
『幸運を拾いましたか。』
 セレネスはそれをポケットに仕舞い、再び歩き出した。と、浮いた木の根に足を取られ危うく転倒しかけたが、既の所で枝に手が届く。運が良かったのか悪かったのか、セレネスは掴んだ枝に目を止めた。枝と思いきや、小さな楢の幹だった。
『杖に良いかな。』
 セレネスは力任せに楢の小木を引っ張ってみた。崖から顔を覗かせた剥き出しの岩の側面にへばり付いて伸びる五本の根は、見た目今にも外れそうでいて、しかし案外に堅くさして撓りもしない。崖の日陰で尚耐えて来た幹は随分と締まっており、若木に見えて実は経て来た年数は長いのかも知れない。
 彼は岩に足を乗せて幹に全体重を掛けた。土が崩れ、岩を噛む根が次第に剥がれだす。が、そこから粘ってなかなかにしぶとい。木の根だけに根性がある様だ。
「そんなものをどうするのかね?」
 後ろから声がして、セレネスは驚いて振り返った。そこには初老の男性が立っていた。金糸の刺繍の入ったローブは見た目にも高価そうだが、それを着こなす気品は一朝一夕のものではない。王族か、上級貴族。少なくとも地方の小領主程度の生まれではあるまい。
「誰もいないと思っていましたよ。」
 セレネスは少し恥ずかしそうに小木から手を放した。
「ああ、確かに此処は普段誰も来ない場所だね。」
 そう言って男は短刀を持ち出した。セレネスは少し身を固くしたが、男はその側をすり抜けて小木の根に短刀を当てた。短刀の切れ味は鋭く、先の細い部分とは言え硬い楢の根を難なく切り離す。
「私はこういう殺風景な所が好きなものでね、たまにこうして散策に来るんだよ。」
 男は岩から木の根を外すと、取れた小木をセレネスに渡して寄越した。
「して君は?」
「私も似た様なものですよ。余り人の多い処は苦手なのです。こういう忘れられた様な道が性に合っている。とは言え、此処は足元が危ういので杖でも作ろうかと思いましてね。」
 男は意外そうに首を傾げた。
「君は魔法使いだろう?」
「はい。」
「師から杖は受けなかったのかね。」
 やはり魔法使いに杖は在って然るべきなのであろう。別に魔法を使う事自体に杖は必要無い。だが、騎士に剣、鍛冶屋に鎚が付き物である様に、魔法使いに杖は必須な備品なのかもしれない。
「そう言うあなたも相当に心得が在るご様子。」
「ん、判るかね。」
「勿論判りますよ。あなたも杖は持っていらっしゃらない様ですが。」
「確かに、杖を持っとらんと魔法使いと言っても直ぐには信じてくれん者が多いな。」
 人の目とはそう言うものだ。
「まあ、私は君の様な力の強い魔法使いではないからね。」
 男は頭の後ろを掻くとからからと笑った。
「ご謙遜を。」
「いやいや、謙遜などではない。君から感じる魔法使いとしての力量、正直我が目を疑うばかりだ。一体、誰に付いて学んだのかね。」
「失礼ですが、何処の何方とも知らぬ方に答えよと?」
 セレネスが言うと、男はこれはしたりとばかりに額に手を置いた
「すまん、私はエルフィカイエス。カーレル・エルフィカイエスと言う。」
「カーレル・・・グラス正統の『高弟』様でしたか。」
 セレネスの応えに男は少し驚いた様子を見せた。
「余り知られていない古い称号と認識しておったが。」
「グラス派の指導者を約束される層の号としか知りませんが。」
「生憎、訳有ってそこまでで終わった身だよ。で、君は?」
「セレネス。」
「セレネス・・・何だね?」
 セレネスはポケットの中の硬貨を思い出した。
「セレネス・ファージング。取るに足らぬ存在ですよ。」
 少し眠っていたのかもしれない。記憶の風景から戻ったセレネスは、眼を開いて壁に凭れた背を起こした。
「どうだ?」
 グレンの声がする。
「あれだけ滅茶苦茶に走っちゃぁ・・・。」
 サイファが応える。
「確かに此処がどの辺りか判らん事にはな。」
 破水が床下の排水路に消えた後の通路には、土砂と石材の破片がそこかしこに散乱していた。あの水は恐らく貯水されたものだったのだろう。今は僅かな流れが床に這う様に流れているだけだ。もはや脅威にはなり得まい。
 しかし、所在を失った洞内にあっては未だ危機を脱したとは言い難い。一度外縁を失った迷宮では片手の案内など役には立たず、はぐれた仲間を見つけ出すどころか出口を探す事すら儘ならぬ。地図があっても位置の特定が出来ないのでは何の助けにもならない上に、
「この漏水で壁自体が動いちまってるかもしれないしよぉ。」
 今となっては迷宮の一階部分ですら地図の通りでいるか怪しい。
「動力源が尽きてはこれ以上は動く事も無かろうが・・・」
 何れにせよ、振出以前の状況だ。仕方なく彼らは十字路に休息を求めた。そこを起点にサイファが一人カンテラをぶら下げて一区画二区画と慎重に先の様子を見に行く。
「はぐれんなよ。」
 キリーがサイファに声を掛ける。
「迷子に言われてもなぁ。」
 全くだ。
 一方、ルディーナは壁に凭れて腕を組む。例のごとく人差し指が二の腕を叩く。キャシーの様子を伺えば、彼女は放心状態だ。エスターが水に飲み込まれるのを目の当たりにした瞳を虚ろに開いて、濡れた床の上で膝を抱えている。
 ルディーナは暫く目を閉じ、そして開くとキリーに視線を流した。
「で、あの『姫様』は何者なの?」
 唐突な問い掛けにキリーはびくっと肩を揺らした。
「ハハハ・・・。」
「どう見ても赤の他人じゃないわよね。」
 キリーはばつが悪そうに目でグレンに投げる。グレンは唸ってセレネスを見た。セレネスは眉をひそめてグレンを見返すが、観念したのかルディーナに向き直った。
「今更ですが、エリミアとは仮の名です。本名はレテイシアと言います。レテイシア・ル・エルフィカイエス・アミデール。エルン争乱の際に滅んだレネダリア・アミデール王家の王女です。」
「成程ね。」
 ルディーナはそう頷きかけて、ふと思い当たる。
「エルフィ・・・カイエス?」
「あなたなら知っていても不思議ではないですね。そう、アミデール家内でも機密だった様で表向きには別の名を名乗っていましたが、アミデール王国軍の最後の総指揮官だった人物ですよ。レテイシアはそのカーレル・エルフィカイエスの娘です。そしてカーレル・エルフィカイエスはエスターの・・・」
「父親・・・。」
 今迄空を見ていたキャシーが、驚いた表情で言葉を挟む。
「そうです。」
 キャシーは困惑した表情で次の言葉が出ない。
「エスターの妹が王女?」
 ルディーナは眉間に皺を寄せた。。
「母親は最後のアミデール王の娘です。」
「また厄介な。」
 セレネスの返答に、ルディーナは大きく息を吐くと、
「あなたが何故『エスター』に付いて来たのか解った様な気がするわ。」
 前髪をたくし上げた。
「でも、アミデール王家に繋がる者は皆死んだとされていたけど。」
「私が落しました。」
 ルディーナは髪をいじる手を止め、
「『セレネス』らしからぬ温情だこと。」
 しばしの沈黙の後、そう呟く様に言った。セレネスとは言え、年端も行かぬ幼子を殺すのは忍びなかったのかもしれない。しかしエルン争乱に伝え聞く非情なセレネスの判断としては意外の一言に尽きる。現に、必要とあれば万を数える人間を一瞬にして葬れる鋼の決断力を持つ者なのだ。
「矛盾は承知していますよ。」
 小さな鈴の音が忍び込んで来た。ルディーナは顔を上げ耳を澄ます。何処か遠くから、それは確実に近づいて来る。すると、今までセレネスの横でただ静かに目を閉じて座っていたイレイアが立ち上がった。彼女は杖を持ち、通路の向こうへと歩を進める。ルディーナが目でそれを追うと、洞の向こう側に、今度はしっかりと鈴の音が響く。イレイアが杖を上げる。杖の先に明かりが灯り先を淡く照らすと、黒猫が小走りに近づいて来るではないか。
「メア、よく来てくれました。」
 イレイアが黒猫を抱き上げる。彼女の使い魔だ。考えてみれば迷宮に入ってからこっち見ていない。
「万が一の時の為にレーラに預けておいたのが功を奏しました。」
 イレイアは微笑んで猫の額を撫でる。
「レーラが出口まで案内してくれるそうです。」
 黒猫は目を細め、小さく一声鳴いた。

つちのこ野の小道で

490つちのこ野の小道で1
490つちのこ野の小道で2
490つちのこ野の小道で3
490つちのこ野の小道で4
 此処から先は行き止まりだ。とっとと何処かに行きな、べいべー
  季違いじゃが仕方があるまい・・・

海の砂漠に水を撒く

 海の砂漠に水を撒くって、まーたmiss.keyのアホがとち狂った事言うとると思ったあなた、正しいよ(笑)。本日は前から考えている妄想をぶちまけてみたいと思います。お暇な人はつきあっておくれ。特に環境云々、温暖化云々言ってる某トンベリみたいな女の子とその取巻き及びスポンサーの方々、たーだ文句ばっかり言ってないで、お金持ちなんだから資金提供してくれても罰当たらないぞよ(笑)
 さて、海の砂漠に水を撒くって、まるで雨の日に庭の花に水やりするがごとき響きであります。ですがね、砂漠って別に水の無い処の事じゃないんですよ。水は飽くまで副次的なものでありまして、私としては植物の無い処を砂漠と言うのだと思うのであります。
 え゛、水があれば植物なんぞ幾らでも生えるだろうって?でもって海はそのもの水なんだから植物だって幾らでもあるだろうって?そりゃそうだ。雨の後の雑草共の繁殖力ときたら、それはもう筆舌に尽くしがたいほどの憎らしさ。でもそれは陸の上だから言えるのでありますよ。実は海の中には海の中の事情がありまして、意外と植物が育たないのでありますよ。
 そこで植物が育つ条件ってのを改めて考えてみましょうか。

壱、日光   うん、日の光が無くては育ちませんよね
弐、水     ま、これも当然
参、土     意外な盲点でしょ

 まあ、正確に言えば土に含まれるミネラルと言った養分なんですけどね、流石に水と空気だけで体を作れると思ってる事はいないでしょう。で、陸上では足元に幾らでもあるそう言った養分が、実は海だと無かったりするのですよ。
海の砂漠に水を撒く1
 よく、山が豊かだと海が豊かになると聞くと思います。川から運ばれた養分が海に流され、それが海藻や植物プランクトンを発生させ、それを動物プランクトンが食べ、小魚が食べ、大きい魚が・・・云々。食物連鎖です。
 更に浅い海などでは波に海底の養分が攪拌される為、生命活動が活発になり動植物の宝庫になっていたりします。
海の砂漠に水を撒く2
 こんなんもある。
 風が陸から海に向かって吹くと、表層の海水もそれに流されます。それを補うべく深層から湧き上がる水が、海底の養分を巻き上げるのであります。チリ沖などが有名です。
海の砂漠に水を撒く3
 海底には海面とは別の流れがありまして、大体一定の方向に流れております。それが島にぶつかると局地的に湧昇流を発生させます。ダイビングスポットとして有名な小笠原諸島周辺の魚が豊富なのはその為です。
海の砂漠に水を撒く4
 流氷で有名なオホーツク海は世界でも有数の良好な漁場です。つまり、あれほど寒いのにもかかわらず植物の活動が活発なんですが、その原因と言うのが実は流氷に在ります。流氷は表層の水を極度に冷やし、冷えた表層水は深海に落ち込みます。あとは椅子取り合戦の原理。居場所を奪われた深層の水は栄養を抱えて表層に押し出されるのです。流氷の下ではそれを原料に、透けて来る光を使って植物プランクトンが大増殖。ニシン来たかと鴎に問えばぁ~の世界になる訳ですな。
海の砂漠に水を撒く5
 とまあ、海を豊かにする主だった現象を並べた後に、結果としての世界のプランクトン濃度を示した地図をネットから拝借して貼り付けてみました。赤が高濃度で青がその逆。
海の砂漠に水を撒く6
 気付かれたとは思いますが、暖かい海域でプランクトンの濃度が思いっきり低い。ほれ。
 つまり、この部分が海の砂漠と言う奴なのですよ。壱枚目の画を見て気が付いた人は気が付いたと思いますが、深い海では風による海水の攪拌が表層だけにとどまり、海底に沈んだ養分を表層に供給出来てないのです。更に日光と海水温だけは無暗と高いので養分は直ぐに消費され、そしてプランクトンの死によって海底へと還されてしまうのです。つまり、これらの海域の表層では日光と水は有り余るほどにあるのに、体を構成する為の養分が無い。はるか海底には養分と水が腐るほどあるのに、日の光が届かないので植物プランクトンは増えるに増えられない。ちなみに同じ緯度帯でも陸上では日光と養分があっても水が無いので植物が育たない。まあ、地球ってなんてアンバランスなんでやんしょ。
海の砂漠に水を撒く7
 そこでですよ、やっと行き着く表題の意味。海の砂漠に水を撒いてやるのであります。原理はいたって簡単。海底にストローを差し込んで養分の多い深層水を汲み上げ、表層にぶち撒く。動力は風車でええだしょ。もとは光降り注ぐ暖かい海なのですから、それだけで植物プランクトンは大増殖し、それを食べる動物プランクトン、小魚、大魚・・・云々。海洋資源の回復にも役立つじゃないですか。お魚食べ放題ですぞぃ。
 ところがですね、ストローの長さってぇのが半端じゃないんですよ。海洋の平均深度は参千八百メートル!! 富士山がすっぽり沈んでしまいやがりますのじゃぁぁぁぁ。
 しかも海の砂漠は当然ながらどの陸地からも離れていやがりますのんじゃぁぁぁぁ。嵐になっても避難できるところが無い。誰が行きたがるとですかorz
 更に、折角植物プランクトン増やして良い漁場を作り上げても囲い込みは難しく、施設を設置した本人が利益を得られるかと言うとかなり怪しい。むしろ〇国の様な盗人国に二百カイリの経済水域ガン無視の密漁で掠め取られる未来しか見えんとです。つまり個人では採算が合わんとです。
 とは言え、海の砂漠は広大です。緑化に成功すれば吸収する二酸化炭素の量は膨大なものとなります。何せシアノバクテリアと言ったら、かつて地球を全球凍結させた程の実力者ですよ(マテ)。それはそれで困るのですが、陸の砂漠に真水撒くよりよほど簡単だと思うのですな。となれば、世界を挙げて予算組んでやってみる価値はありそうです。

PS:某半グレねーちゃん、学校行きたくない口実に罵詈雑言垂流し世界旅行なんぞして遊んどらんで、素人考えでも良いから対策提案してみたらどうなんね。折角発信力あるのに勿体ない。

つちのこ天下を獲る!(かもしらん

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 孫六と勘違いした人挙手~ ( ・Д・)ノミ