藤花幻:

藤花幻

亀が筆持つとどういう事になるかという事を、図らずも証明してしまったぶろぐ

つちのこギネス認定

え゛

390つちのこギネス認定1
390つちのこギネス認定2
390つちのこギネス認定3
390つちのこギネス認定4
 何も映ってません!
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23 風鳴り

シャノン・アルスター幻想

 23 風鳴り

 堅い物が石を引っ掻く小さな音がする。寝返りを打ったセレネスは強い日差しを感じて目を開いた。
「気がつきましたか。」
 直ぐ側にルデルの声を聞いてセレネスは半身を起こした。岩壁の隙間から一条の光が差し込んでいた。その光が強ければ強い程に影は密度を増し、直ぐ隣に居る人の顔もろくに見えない。周りには幾人かの気配は有るが、船員達の生き残りと考えればやっと半分と言った所だろう。
「見事に不意を突かれましたね。」
 セレネスは痛む後頭部に手を遣ろうとするが、ジャラリと手鎖が不快な音を発てる。ご丁寧に足にも嵌められていた。そして手環に微かに浮かび上がる紋様。
「残念ながら魔法も封じられてます。」
「さて、川賊の用心棒には不釣合いな高位術師とは。」
「早まったな、セレネス。」
 魔力の封印を指しているのであろう、グレンの呻く様な声がした。
 目が慣れてきた。壁は切り出された一枚岩を繋ぎ合わせたものだった。表面が研磨されたその高度な技術から見るにミドルエルフの遺跡であろう。小さな石を積み上げた壁に比べて強度は格段に高く、長い歳月を経てなお栄華の名残を留めている。賊が身を隠すには持って来いと言う訳だ。
「生き残ったのは此処に居るだけですか?」
「ザンナもテスも他の奴等はみんなやられちまった。」
「あの姐ちゃんも今頃川底で魚の餌かぁ。」
「良い女だったのになぁ。」
 水夫達から次々と嘆きの言葉が漏れる。
「その点、俺等はよくまあその場で殺されなかったもんだの。」
 優劣は兎も角、犠牲ならば賊の方が余程出している。怒り狂った頭目の表情を思い出すに、痣こそ有れど腕の一つも叩き折られず捕らわれている状況は、確かに意外と言う他は無いだろう。
「仏心をね、植えつけてみたんですよ。」
 訝しがるグレンにセレネスは答えた。
「あの金貨に仕込んだのか?」
 壁を引っ掻く音が途切れ、キリーの声がした。
「ええ、向こうの魔法使いの目を誤魔化すのには気を使いましたがね。」
「らしくねえな。お前なら相手が誰であろうと関係ねえだろう。いや、そもそもそんな小細工も必要ねえ筈だ。」
「生憎、今の私は以前とは違いましてね。」
「どうだかな。」
「そう言うあなたこそ、捕まるなんてへまは・・・」
 そう言い掛けたセレネスの言葉に、キリーは苛立ちを以って応えた。
「お前らを人質にされちまったからだろうが。」
 そして再び壁を引っ搔く音が聞こえた。
「何してるんです?」
 セレネスが尋ねると、ルデルは呆れた様に首を振った。その時、隙間から外を覗いていた水夫が舌打ちした。
「キリーさん、ありゃぁ、フィルツェんとこの飼い犬のダルトですぜ。」
「驚きゃしねえよ。手引きが潜んでいたのはあの大箱だ。となりゃ大方の察しは付く。」
 キリーは振り向かずに応える。
「確かに汚え商売する奴等だったが、まさか川賊まで飼っていたとはなぁ。」
「商売敵の船を荷ごとぶん盗って懐に入れてたんじゃ、そりゃ儲かる訳だぜ。」
「この調子じゃ子飼の暗殺団の噂も本当だな。」
 水夫達は口々に言う。それを聞いたルデルは
「そもそもそのフィルツェとは何者なんだ?」
 今一つ理解出来ずに尋ねた。
「リールの町に巣食う商人上がりの僭主でさぁ。」
 中原のエルン争乱以来、王権の弱さ故にレネダリア各地の統制は緩んだままであった。王都から離れれば離れる程にその傾向は強い。王府の権威があてにならぬ以上、政情が定まらぬ中で身を護る為には自立せざるを得ない事情もあったろう。が、それが余計に政情を不安定にさせる矛盾。その果てに起きたのがフリードリヒ・ダウィンの反乱であり、アート・ヴァルドーの離反であった。そして此処にもまた中央から隔絶されたが故に力を蓄え、時勢を窺う者が居る。
「となれば、此の儘放り出されるとか言う甘い話は無いな。」
「奴等、捕虜同士で死ぬまで戦わせる気だ。」
「虫籠ってやつだな。嫌な趣味だぜ。」
 水夫の一人が吐き捨てた。
「川賊の仏心も一時の延命に過ぎぬてか。」
 グレンは言う。ふと、その膝に柔らかい物が触れた。猫だ。闇に紛れて黒猫が入って来たのである。
「ん?こやつは?」
「メアですよ。」
 セレネスは猫を抱き上げ目を合わせる。メアの瞳は不思議な輝きを放っている。セレネスは微かに口角を上げた。
「脱出しましょう。」
「言うのは易いが、どうする?」
 有るのはキリーが隠し持っていたナイフ一本だ。
「行けるのでしょう?」
 セレネスはキリーの方を向いた。キリーは相変らずナイフで壁を引っ掻いている。
「夜間襲撃の後となれば、お遊びは明日の昼間ですかね。」
「繋ぎが取れた以上、それまで待つ義理は無えな。こっちは今夜の内にやる。」
 キリーは壁を引っ掻くのを止め、振り返った。
「親切はしておくもんだな。」
 そしてその儘横になった。
「お前等も今のうちに眠っとけ。」
 首を傾げる周りを余所に、キリーは次の瞬間にはいびきをかき始めた。
「抜け出す方法も無いのに何を気楽な。」
 ルデルは吐き捨てる様に呟く。
「心配しなくても大丈夫ですよ。外ではイレイアも段取っているでしょうし。」
 セレネスもそう言って横になった。訳が判らずルデルは眉間に皺を寄せた。

 水面に浮かぶ流木にルディーナの姿を見つけたのは偶然ではない。浮きの上で流れ着くのを待ち構えていたキャシーがルディーナの体を捕らえると、水夫達は一斉に命綱を引っ張った。甲板に横たえた体は随分と冷えてはいたがまだ脈は有る。しかし、肩の怪我を見て水夫は目を背けた。川の水を吸って白くふやけた皮膚と間から滲み出る血の赤が生々しく痛々しい。
 イレイアが傷口に掌を当てて呪文を口ずさんだ。
「助かるかい?」
 メルルが尋ねる。
「本人の体力次第です。意識が戻れば良いのですが。」
 淡い光が傷口を覆う。傷口は次第に塞がっては行ったが、元の滑らかな肌には程遠い。
「女の目には辛いわ。」
「見付けものね。」
 血の気の失せたルディーナが微かに目を開ける。イレイアは驚いて身を反らした。
「気がついていたのですか。」
「川に落ちて気絶などしようものなら命は無いも同然。」
 とは言え、動ける状態でもなかったのだろう。身を起こす素振りすらないのは消耗しきっている証拠だ。魔法で傷は癒せても体力まではどうにもならない。
「どうして判ったの?」
「メアが知らせてきました。」
「あの黒猫ね。どういう事?」
「メアは私の目なのです。」
 無論、魔法使いが飼うからには普通の猫である筈もない。メアはイレイア魔女のよりまし依代なのだ。互いの意思さえ通じていれば、遠く離れていても主の目となり耳となる。
「あなたが落ちたのを知らせてくれたのはメアですが、あなたを見つけてくれたのはメルルです。彼女にも感謝してくださいね。」
 ルディーナは目を閉じ微かに頷いた。
「問題はグレン達ですが・・・。」
 イレイアは表情を曇らせた。使い魔の手引きで場所は判っている。グレン達がどういう状況に居るかも判っている。とは言え相手は大人数だ。メルル達は手を貸すと言ってくれるが、それでも十人そこそこ。水夫達が幾ら荒くれぞろいとは言え、この人数で頼みとするには少な過ぎる。
「相手はこちらを知らないのよ。やり様は幾らでもあるわ。」
 キャシーは髪を拭くタオルを放り、火鼠のコートを羽織ると、イレイアの不安を余所に甲板に図を描き始めた。
「此の船はキリー達の船に遅れる事半日ってところかしら。」
「彼女を拾った時間から見て、もう少し詰まってると見て良いよ。」
 メルルが言う。
「じゃぁ、夜更け前には追いつく筈ね。見張りに見つかる前に船は死角の岩陰に隠すとして、そこからは夜陰に紛れて小船で近付く。後は奴等を分断する手立てだけど・・・」
「火でも放って引っ掻き回すかい?」
 用意の良い事にメルルは油の入った小瓶を取り出した。確かに石造りの遺跡であろうが燃える物が無い訳でもあるまい。あちこちで一斉に火が上がれば混乱を煽れるだろう。しかしそれには圧倒的に手が足らないし危険も大きい。
「それよりね・・・。」
 図を覗き込むメルル達を振り返り、キャシーは口元を綻ばせた。

 岸に小船を着けて岩陰から覗き込めば、入り江は崖に囲まれて小さいが深い。舫われた幾隻かの船の向こうには、ミドルエルフの匠によって建てられ、その滅亡と共に打ち捨てられたのであろう遺跡が長年の風雨の下に荒廃した姿を晒していた。しかし、黄昏の闇に紛れて近付いてみれば、主要な建物は土台も柱もほぼ残っており、石組みの屋根をしっかりと支えている。
「遠目程には崩れちゃいない様だね。これなら百や百五十なら平気で潜んでられるわ。」
 メルルは爪を噛む。
「メアが見て回ったところでは五、六十人程だと思いますが。」
 イレイアは言うがそれでもまだこちらの四倍に近い。キリー達と合わせてもまだ倍だ。
「グレン達は何て?」
 キャシーが尋ねる。
「こちらに合わせて脱出する様です。」
「って、捕まってるんでしょう?」
「その事なら大丈夫かと。ただ、問題は件の魔法使い。セレネスが言うには先日のライオット・カースにも劣らないとか。」
 イレイアは眉間にしわを寄せる。封印を解いていた時ならばいざ知らず、今のセレネスには危険過ぎる相手だ。
「そいつをどう排除するか・・・ね。」
 建物の陰から男が姿を現した。キャシー達は身を隠す。賊の男は暫く辺りをうろついていたが、生あくびをしながらまた建物の中に消えた。
「あれ見張りかしら。大分酒が入っている様ね。」
 襲撃に成功した事で昼間一杯馬鹿騒ぎしていたのかも知れない。アジトは静まり返っている。
「好都合。」
 キャシーは岩を飛び越えると建物の入り口に取り付く。中には如何にもだるそうにしている賊が一人。キャシーは石を拾って転がす。物音に気付いて出てきたところを当身一つで片付けた。
「驚いたな。姐ちゃん、何処でそんな技を。」
 後に続いた水夫が目を丸くしてキャシーを見る。キャシーは口元に指を当てると、音も発てずに桟橋へと走り出した。
 桟橋に人影は無い。賊は皆建物の中か。いや、一人居た。まるで品定めをするかの様に繋留された船を眺めている。身なりは他の賊とは明らかに違うが、どちらにせよまともな人間である筈は無い。キャシーは後ろから近付くと、躊躇無く短刀を喉に差し込んだ。声も無く崩れたそれを川に沈めると、その儘船に乗り込む。一瞬、甲板の光景に固まった。薄闇の甲板のあちこちにどす黒く浮かぶのは総て乾いた血糊だ。一体どれだけの船員が命を奪われたのだろうか。キャシーは反らした顔を上げ、手で合図した。水夫達が上がって来てマストの綱を片っ端から切って回る。太い綱はがっしりとして一見丈夫そうだが、慣れた水夫達に掛れば瞬く間だ。帆は風を抱いて大きく広がり、船は押されてゆっくりと岸を離れ始めた。
 桟橋にロープが垂れ下がり、待っていたメルルの前に乗り込んだ男達が降りて来る。片手に操舵輪を抱えて彼らはニヤニヤと笑った。
「船長、こんなもんで良いっすか?」
「終わったのかい?」
「二隻もやりゃ十分でしょ。」
「やるときゃ全部やるんだよ。早くしないと奴らに気付かれるよ。」
「そう言っても、頃良く気付いてくれない日にゃ意味無いでやしょ?」
「そんときゃ鐘でも太鼓でも鳴らしゃ良いんだよ。」
 メルルは離れかけた船のもやい綱を外して投げ捨てた。
 交代の小男は寝ぼけ眼を擦りながら扉を開けた。ふと足元に転がる同僚に躓いて倒れ、悪態をつく。
「この役立たずの唐変木が。見張りの癖にこんな所で寝てやがんじゃねぇ。」
 が、ふと帆が風を抱く音に気がついて暗闇を見据える。向こうで何やら白いものが遠ざかって行く。男は眼を擦る。して、目を剥いた。戦利品の商船が流されているのだ。しかも一隻や二隻ではない。
「大変だぁ!」
 小男は慌てて叫んだ。突然の声に何事かとあちこちから男達がぞろぞろと出て来る。そして川面の闇に浮かび上がる光景に、泡を食って桟橋に走り寄った。
「船を戻せ、早くしろ。」
 小男は離れかけた最後の一隻から伸びる綱を掴むが、その程度で止められよう筈も無く、その儘引き摺られて川にドボン。後続の賊達は手分けして小船に乗り込み櫂を漕ぐが、走り始めた帆船にはなかなか取り付けるものではない。それでも何とか取り付いて甲板に登ったが、
「無い、無い、舵が無い!」
 操舵輪が外されていては方向転換も出来ぬ。そうこうしている間にも風に押されて船は進んでゆく。せめて足を止めようとするが、マストの縄は切られており、帆を畳もうにも登って上から落とす他に術が無い。
「何とかしねえと頭に殺されっぞ。」
 理屈も何も通じぬ粗暴な頭だ。怒りに任せて大斧など振り回されたら堪ったものではない。賊達は必死でマストに駆け上る。そしてはたと手を止めた。眼下で小船が波に攫われて行く。彼らが乗りつけた幾艘もの小船のもやい綱が、しっかり繋いでおいた筈なのに総て外れているのだ。しかも目を凝らして良く見れば、内一艘の小船の上で何者かが突き出した尻を叩いているではないか。
「あああ!」
 川賊達は今頃になってやっと罠に気づいた。遠ざかる小船と、流されるままの大船。賊達は戻るに戻れず、呆然と後の祭りに立ち尽くしている。
「釣れたのは半分ちょいってところですかね。」
 小船の上で水夫はげらげらと腹を抱えて大笑いだ。
「笑ってないでさっさと漕ぎな。キリーの船に乗った連中と落ち合うよ。」
 メルルはぴしゃりと言う。そして岸の向こうに見えない人影を追った。キャシーとイレイアがこの隙にアジト深くまで潜っているだろう。並の二人ではないが、心配でない筈は無い。
「本当に二人で行かせて大丈夫なんですかい?」
 メルルは軽く頭を振った。
「いーから手筈通りにしな。やられた船はあちこちがたが来ててまともにゃ走りゃしない。キリー達が来るまでに応急処置するんだ。もたもたしてる暇は無いよ。」
 一方、桟橋まで出て来たガノは額に血管を浮かび上がらせて地団太を踏んでいた。何故そうなったか知る由も無い首領には、ただ手下のどたばたばかりが目に映る。
「なーにをしてやがんだ、あの馬鹿助共がぁ。」
 あまりの勢いに敷板を踏み抜き、片足を泥に落とす。それを見て慌てて目を逸らした手下の襟首を癇癪に任せて手繰り寄せたガノだったが、その時、背後に響く崩壊音に驚いて振り返った。
「何だ?」
 時を置かずして野太い絶叫が上がる。
「ま、まさか、キリーの野郎かぁ!」

 一枚岩に刻み込まれた筋をグレンは指でなぞる。石工でもなければ見抜けない岩の隠れた節理だ。キリーがしきりにひっ搔いていたのはまさにこの目なのである。石の目に穴を開け、たがね鏨をうが穿てばどんなに強固な岩だろうと割れない事は無い。しかし言う程簡単ではないし、第一、時間と人手が要る。そんな悠長な事をしている暇は無い筈だ。
「今、こんな事をしてどうするんだ?」
「積み石じゃなかったのが幸運だったって事さ。」
 キリーはそうはぐらかすと、セレネスを振り返った。
「倉庫の場所は確認出来てるのか?」
「此処を出たら右手奥の様ですね。道程はイレイアが確保してくれますよ。」
 セレネスは答える。己の魔法が封じられている為にイレイアとの連絡は一方通行だ。メアの視界もセレネスには繋げられず、ただ、その視線で推し量る他は無い。
「武器もそうだが、この封印を何とかしないと例の魔法使いが出て来ても止めようが無い。」
 ルデルは険しい表情で手鎖を持ち上げた。
「んなもん、倉庫に行き着きさえすればどうとでもしてやる。後は意地で止めて見せろ。」
「しかしそれ以前にどうやって此処を出るんだ?」
 グレンが苛立って言うと、ずっと仏頂面だったキリーが不敵に笑う。
 遠くで男達の慌てる声がした。騒ぎは次第に大きくなって行く。
「始まったな。」
「馬鹿たれ、こっちは出られんのだぞ。牢に閉じ込められたままでは何も・・・」
 グレンが言いかけたその時、甲高い金属音がしたかと思いきやキリーの前の一枚岩が吹き飛んだ。
「な、何だぁ!?」
 グレンは驚いて目を剥く。
「ドワーフより穴掘りが得意な奴も居るって事さ。」
「ディズがやってみせたあれか。俺でも出来んものを・・・。」
「くたばり損ないのドワーフと一緒にするもんじゃねえよ。」
 キリーはさらりと毒づくと駆け出した。グレンは後を追うが、制約に足がもつれる。言うまでもない。足かせの鎖だ。が、見ればキリーの足の鎖は外れているではないか。
「それが外せるなら俺のも外して行かんか!」
 路地を走り抜け、倉庫の扉の前に出る。騒ぎに気をとられていた二人の見張りがキリーに気付いて慌てて槍を構える。が、一人が突然砕ける様に突っ伏した。それに驚き、うろたえた相方の腰が浮く。キリーは槍の穂を躱しその見張りの喉を掴むや、その儘扉の中へ引きずり込んだ。扉の中で見張りの断末魔が響いた。
「今の魔法で彼に気付かれましたよ。」
 後を追って走って来たセレネスが息を切らせて言う。
「キリーが無闇に飛び込んで来るのがいけないんです。」
 物陰に潜んでいたイレイアが少し剥れた風に言う。その時、倉庫の壁に二つの線が走った。ゆっくりと壁が倒れる。慌ててその場を離れる二人。壁は中からの足に後追いで蹴り倒された。
「こいつさえあれば誰が来ようが。」
 キリーは大剣を立てる。あの『鈍ら』だ。
「あのぼんくら大将、人質を手放したのがてめえの運の尽きだ。首洗って待ってやがれ。」
「キリー早く手鎖を。」
 セレネスが言うや刃が一閃し、鉄の輪が音もなく切れて落ちた。キリーはベルトに刺していた細身の剣を放って渡す。ルディーナが落としたミスリルの剣だ。
「そいつで他の奴らの手鎖を外せ。そしたら後は適当に隠れてろ。絶対に俺の足は引っ張んなよ。」
「何をする積りです?」
「弔い合戦に決ってんだろ。」
 キリーは凄まじい形相でそう言うと、顧みず脱兎のごとく駆け出した。
「相変らずの暴走型め。」
 グレンも手環を切って貰うと斧を担いで後を追って走っていく。
「今の内に此処から脱出しましょう。」
 ルデルが探し出した五枝の杖をセレネスに差し出す。
「いえ、私達も追いましょう。どのみちあの魔法使いを抑えなければ逃げ切れません。幾らキリーでも魔法には対処出来ないでしょう。」
 次々上がる悲鳴を追い駆けて走れば賊の屍が二つ、三つ。その向こうには鬼神のごときキリーと、グレンと、数人の川賊の壁。
「キリーぃぃぃ。」
 ガノは歯を剥き出し叫ぶ。その形相は醜悪の極みだ。後ろから手下を執拗に嗾けるが、前程の数が揃わない手下達はすっかり怖気づいて後ずさるばかり。キリーが一歩踏み拠れば賊の壁は二歩下る。
「所詮はあぶれ者の群か。」
 擦れた声がした。ガノの隣に何時の間にか魔法使いが立っていた。
「ジュディオス、遅いわ。」
 ガノは忌々しげに怒鳴り散らした。
「自分の失態を私に押し付けるな。」
 魔法使いは払いのける様に言う。そして杖を振り上げた。キリーが咄嗟に切り込む。賊の一人の首が飛ぶ。が、ガノの大斧が行く手を遮る。僅かな間に魔力が杖に集まり淡い光を放つ。それを妨害する様に纏いつく魔法の圧力。魔法使いの眉間が曇った。キリーの後ろでルデルが杖を向けていた。
「だが若いぞ、エセル。」
 魔法使いの周りに幾多の光る矢が浮かんだ。次の瞬間それらは一斉に飛び散り、キリーと言わずルデルと言わず襲い掛かる。キリーは飛び退るが光る矢は追い駆けて来る。しかしすんでの所で大きく軌道を変え、消えた。魔法使いの目に驚きが灯る。魔法使いは更に後ろのセレネスを睨み付けた。
「成程、貴様か。」
 魔法使いは殺気を込めて手を差し上げた。天を掴もうかと言わんばかりの掌に赤黒い炎が膨れ上がる。キリーが再び突進する。賊の壁は居るだけだが、しかし充分邪魔だ。間に合わない。今正に火球が弾けようとした刹那、魔法使いは後ろを振り返った。赤髪の人影が翳す剣が、まるでスローモーションの様に振り下ろされる。視界が二つに割れた。
 火球が崩れ、魔法使いのローブを飲み込みながら、瞬く間に火柱に変わった。
 賊の一人が逃げ出した。それが合図と言わんばかりに賊徒は四散する。
「ぎぃぃぃぃぃぃ!」
 追い詰められたガノは斧を振り上げ奇声を放った。余りに突然に、頼みの綱が切れて自棄になったか。しかしそれも束の間、キリーの一閃の前にその首は斧を握った腕と共に静かに零れ落ちた。
「最後まで煩え野郎だ!」
 キリーは血糊の付いた剣を振り払うと、なお燃え続ける炎に視線を移した。
「てめぇ、俺を囮に使いやがったな。」
「当たり前でしょう。魔法使い相手に正面からなんて行けるもんですか。隙を窺ってたのよ。」
 炎の陰から現れたのはキャシーだった。彼女はケホケホと咳をする。
「でも何なのよこの魔法使い。いきなり燃え出して。」
 たまたま防寒目的で着込んでいた火鼠のコートの護りが無ければ命も危なかったろう。
「だから、役に立つと言うたろうが。」
「何言ってるのよ、偶々でしょうが。」
 グレンは得意げに鼻を鳴すが、フンとばかりにそっぽを向くキャシー。キリーはキョロキョロと辺りを見回した。
「フィルツェの腰ぎんちゃくを見かけなかったか?商人風の男だ。」
「商人風?」
 キャシーはハッとなって視線を河に向ける。
 それを見てキリーは事態を悟り舌打ちした。フィルツェ関与の証人ダルトは川の底。しかしだからと言って事情を知る由も無いキャシーに何の落ち度があろう。
『くそったれ。』
 賊の姿は消え、遺跡はそもそもの荒れた廃墟に戻っていた。キリーはゆっくりと剣を鞘に納めた。多くの部下が死んだ。失くしたものは余りに大きい。状況に鑑みれば多くを望むには無理があるだろう。だが無念が消せよう筈も無い。
「メルル達が船で待っています。」
 イレイアが促す。
「ああ、ありがとよ。」
 キリーはぼそりと礼を言う。空を睨みつけるにも、闇は深い。

 カービス低地地区、それ自体はルーザ・ティナの在る盆地の一部に当たるが、大河ソルウェイに隔てられている事もあり、レネダリアの一部としてシェリダニアからは切り離されていた。一方でレネダリアの中原とも約三百ヤードの断崖に隔てられており、一種独特な気風を持つ地でもあった。
 中心都市であるリールの町は旧都エルンに距離的に近く、太古からの街道によって幾重にも繋がれ商都として発展していた。が、それらの街道は先の戦乱の折に打ち捨てられ、または破壊され、ニーダーティクトと呼ばれる幹線を残すのみである。しかもそこには独立気風の強い領主が特権を得て居座ってしまった事もあり、王府の影響力は低下の一途を辿った。今では王府の支配も届かず、地域の有力者であった商家のフィルツェ家が幅を効かしていた。
 そしてその外港都市として発展したのがカービスの町である。シャノン・アルスター地方に於けるソルウェイ河の三大河港の一つとして数えられる。ソルウェイ河の水運とレネダリア高原を結ぶ拠点としての地位は揺らぐものではないが、エルン争乱以来、往年程の勢いは無い。
 春特有の強い西風が窓をガタガタと鳴らしていた。
「今は何も出来ん。」
 ムーア・オールドは言う。多くの水夫を失い、顧客から預かった荷物の殆どを失い、止むを得ぬとは言え船主としての信用も失った。船の改修の費用も馬鹿にならない。いや、惨劇の場となったとあっては験を担ぐ商人には忌避の対象であり、現実的には廃船も同然だろう。老人は椅子にもたれ静かに目を閉じた。無念だ。だが怒りに任せて声を荒げたところでどうなるものでもない。フィルツェ家に抗議したところで白を切られるのは目に見えているし、かと言って行政に訴えるにもそのものが無いに等しい。
「奴らのしている事は許しがたいが、証拠が無いでは他の船主達は説得出来ん。皆フィルツェが怖い。動かぬ証拠を突きつけぬでは誰が声を上げようか。」
「腰抜けの船主共はこの際しょうがねぇ。が、そうは言ってもフィルツェが大人しくしてると思うか?」
「脛に傷がある以上、向こうとて態々表ざたにする様な真似はせん筈だ。」
「ハッ、こっちが黙ってりゃ向こうも手出しして来ねえってか。」
 キリーは薄ら笑いを浮かべる。
「こちらには奴らと張り合える力なぞ無い。奴らもそれを知っておる。無力の者に脅える強者も無かろう。」
「甘いな。事を知られた奴らが黙ってるもんかよ。」
 キリーはムーアに詰め寄る。ムーアは低く唸った。
「まあ、ただ黙ってはおらんだろうがな。」
 ムーアは杯を置いて手を組んだ。向こうで風の鳴る音がする。その後、ばたばたと足音が近付いてくるや、水夫が息を荒げて扉を開けた。
「旦那、リールからの使いって野郎が来やしたぜ。」
「何だぁ?」
 キリーは扉から部屋の外を見た。廊下の向こうの部屋で、丸々と肥えた男が大柄な態度で椅子に座っている。
「そうか。今行く。」
 ムーアは応じるとキリーを制する。だがキリーは従わずに付いて行った。
 フィルツェ家の使いの要求は『ダルトの荷』の賠償である。無論、中身は川賊だったのだから荷物など有る筈も無いし、賠償など要求される筋合いも無い。だがフィルツェ家の用人を名乗る男は当然とばかり法外な額を提示した。
「これは正当な言い分ですぞ。預かった荷を失ったなら弁償する、これは商人なら当然の事。」
「毒饅頭に賠償金の要求とは随分と阿漕な真似するじゃねぇか。何時盗賊から詐欺師に鞍替えしたんだ?」
 キリーはどすの利いた声で使いの男を見る。
「言いがかりは相手を見て言いなされ。まあ、賊に襲われたのは同情するが、それはそれ、これはこれ。払う気が有るのか無いのか、それだけだ。」
 用人も負けじと身を乗り出して凄む。キリーは額に青筋を浮かべて睨み返すが、
「キリー、挑発に乗るな。」
 ムーアはキリーの剣の柄を押さえた。
「そちらの要求は判った。しかし、今回は事故ではなく事件だ。弁償するにしてもギルドの調査が終わるまで互助金も降りん。それまでは待ってもらう他は無いな。」
「ほう、互助金とは結構な話だ。日頃から備えはしとくものだな。」
 用人はにやにやと笑う。
「で、そいつは何時迄に決着がつくんだね?」
「長ければ半年は掛るだろうな。」
「それはいけねぇ。御当主マラーン様の条件は三ヶ月が限度だ。それ以上は待てんな。まあ、私から言わせればそれでも寛容過ぎる位だがね。」
 用人は言うだけ言うと立ち上がる。
「まあ、せいぜい頑張るんだな。」
 苦虫を噛み潰したムーアと腸の煮えくり返ったキリーとを交互に見てカラカラと笑って出て行った。
 キリーは舌打ちしてムーアを横目で見る。
「じーさん、ギルドの互助金って本当かよ。」
「んな物有る訳なかろう。」
「向こうは知らねえのか?」
「さてな。だがそんな事はどうでも良いのだろうて。こちらが逆上して来るのを待っているだけだ。」
「なんだかなぁ。」
 キリーは椅子にどっかと腰を下ろした。今のムーアに三ヶ月で要求された大金が作れる筈は無い。いや、何事も無かったにしても無理な額だろう。そもそも向こうの目的は挑発だ。払える額など言って来る筈が無い。
「頭下げんのか?」
「お前が承知するとも思えんな。」
「当たり前だろうが。」
 キリーは天井を見上げて瞼を閉じる。死んだ部下の水夫達の顔が浮かぶ。増してやフィルツェのやり口には怒り以外何も有ろう筈が無い。
「三ヶ月か。」
「こちらの掻きを眺めてやろうと言う趣向だろう。」
「ケッ、川賊の頭目と趣味が同じかよ。胸糞悪りぃ。」
 キリーは吐き捨てると目を開けて立ち上がった。
「じーさん、ヴィスキーに繋ぎをつけてくれ。」
「放蕩者の居所なんぞ知らんな。」
 ムーアは眉を顰める。
「我なんざ張ってる場合じゃねえだろ。身を護る為だ、リール・クロウスでも何でも使えるものは使えってんだ。」
 ムーアは小さく唸った。
「まあ、手出し出来ぬまでも身は護れようがな。で、お前はどうする積りだ?」
「そりゃマラーンをぶった切・・・」
「駄目だ。」
 キリーが口にしかけるやムーアはぴしゃりと言う。
「カービスが纏まっているならそれも有りだが、カービスにはまだフィルツェに与する者も居る。マラーンを切ればカービス自体が割れてしまう。元も子もない。」
「じゃぁ、どうしろって言うんだ?泣き寝入りか?」
「今は自重しろと言うとるだけだ。策は講じる。その為にもお前は身を隠せ。切り札は見えなければこそ生きるもんだ。」
「金はどうする?」
「持って逃げろ。」
「ハァ?」
 キリーは呆気に取られて目を丸くする。つまり、キリーが賠償金を持って逃げた事にしてその責任を押し付けると言うのだ。
「じーさん、無茶苦茶じゃねぇか。」
「単なる時間稼ぎだよ。」
 キリーは肩を浮かした。
「やれやれ、あんたがヴィスキーの親父だって事を忘れるところだったよ。」
「ふん、そもそもリール・クロウスの基を作ったのはわしじゃ。しようと思えば火遊び位何でもないわ。」
「よく言うぜ。」
 風が窓を叩く。明日辺りには雨になるだろう。

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つちのこスカイライン

え゛

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389つちのこスカイライン3
389つちのこスカイライン4
 だから何だと言われても・・・

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つちのこ合コンぱーてぃ

え゛

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388つちの合コンこぱーてい2
388つちの合コンこぱーてい3
388つちの合コンこぱーてい4
 余計なアテレコすんな!

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つちのこ何処だカバンの中もつくえの中も探したけれど見つからないのに♪編

え゛

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 やっぱり居ません!

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つちのこ何処だ足が棒編

え゛

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 いません!!

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つちのこ何処だ閑話休題編

え゛

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 手抜きである事は当然秘密とさせていただきます

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つちのこ何処だ

え゛

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 さあ、何処だ?

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つちのこレストラン落ちが無いのは今更ながら

え゛

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386つちのこレストラン3
386つちのこレストラン4
 だって、召し上がれって言うから
  カレーライスにオムライス、シチューライス、ハヤシライス、キーマカレー、肉じゃがライス、ハッシュドビーフ、チャーハン、天津飯、三行半・・・

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つちのこ前へ管理人悪乗りする(静岡の皆様ごめんなさい)編

え゛

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385つちのこ前へ11
385つちのこ前へ12
 どうぞ食べ砲台ですよ~
  ってか、何時の時代の野戦砲だよ!(え゛、突っ込みそっち?

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つちのこ前へ更新さっぱり進まず編

え゛

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385つちのこ前へ7
385つちのこ前へ8
 さあ、新鮮なうちにたーんと召し上がれ

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つちのこ前へ

え゛

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385つちのこ前へ3
385つちのこ前へ4
 三歩進んで2キロメートル下がる・・・

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つちのこ干天の慈雨暑中お見舞い申し上げます編

え゛

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384つちのこ干天の慈雨7
384つちのこ干天の慈雨8
 もう「かんてん」の原型全く留めてへんがな・・・
384つちのこ干天の慈雨9
 新メニュー、えびふりゃぁ天丼いかがどすぅ?

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つちのこ干天の慈雨

え゛

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384つちのこ干天の慈雨3
384つちのこ干天の慈雨4

 これ、寒天ね  あんみつだけど

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つちのこ新たなる旅立ち

え゛

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383つちのこ新たなる旅立ち2
383つちのこ新たなる旅立ち3
383つちのこ新たなる旅立ち4
 そもそも目的地なんて無かった

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miss.key

Author:miss.key
おや、お客様とは珍しい。
道に迷いましたね。
お会いしたのも何かの縁だ、ゆっくりして行ってくれたまえ。
え?急いでる?
まあ、まあ、そう言わずにお茶でもどうかね。
ああ、お茶はセルフサービスになっているのであしからず。
此処にあるのはガラクタばかりだが、タデ食う虫も何とやら、良かったら目を通していきなさい。

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